第28話 映画館

 私は映画館まで急いだ。一応、敦さんに鉢合わせにならないように、周りに注意しながら行く。やっぱり以前予行練習しておいてよかった。スマホが無い中で迷わないで行けるのは助かる。


 平日の日中、映画館は全く混んでいない。

「美香さん!こっちこっち!」

 雪華さんがチケット発券機の近くでぴょんぴょんと跳ねていた。

「ちゃんとうまくいきました?」

「今のところ。だから来れたのよ」

 私は誇らしげに言った。

「鈴川さんも完璧だったわ」

「ふふ。私達も予行練習、したんですよ」

 雪華さんはニヤリとしていった。そして時計を見てたずねた。

「今からの回取る感じでいいですよね。初めの予定とは全然ズレちゃいましたね」

「別にいいわよ。予定は未定。とにかく五時迄に会社に帰れればいいんだから」

 私の言葉に雪華さんは頷く。

「ですよね。あ、何かトラブルがあればいけないと思って席はまだ取ってないんです。まあ平日日中全然人いなさそうなんで席は自由に選べそうですよ。どのへんにします?」

 雪華さんが発券機の画面を操作しながらたずねてきた。私は座席表を見ながら、少し考えて言った。

「ど真ん中の、一番前」

「はいはい、ど真ん中の、一番前……一番前?」

 雪華さんは思わず、といった感じで私の方を振り返り、聞き返した。

「一番前?一番前ってかえって見づらいですよ。首痛くなりますよ。いいんですか」

「いいの。大画面でとにかく近くで見たいの」

 私は大きく頷いた。

「だ、だめかな?だめなら雪華さんだけでも後ろの方に……」

「いや、いいです。いいですよ」

 雪華さんはそう言って、さっさと発券してしまう。

「いいじゃないですか。私もよく考えたら、ど真ん中一番前選ぶの初めてですし。もしかしたら凄く大迫力でいいかもしれないですよね」

 そう言って発券した券を私に一枚差し出した。私は恭しく受け取ると、じっとその券を見つめた。

「とうとう見られるのね」

「ちょっと、まだ感動しないでくださいよ」

 雪華さんは呆れたように言った。

「まだ時間もありますし、グッズ売り場見てますか?」

「見るわ。鈴川さんからの前売り券のおかげで少し余分な予算があるし。そう言えば鈴川さんと約束してたんだった」

 私はグッズ売り場に行って、鈴川さんの言っていたランダムのアクリルキーホルダーを手に取った。全く見えないシルバーの袋に入っている。

「いいんですか?グッズ買っても家に持って帰れないんじゃ?前のアイドルグッズ売り場では何も買えなかったじゃないですか」

 雪華さんが心配そうに言ってくれるが、私は首を横にゆっくりと振った。

「そういうことじゃないのよ。約束したからね」

 そう言えば、雪華さんに、鈴川さんとキーホルダーの交換の約束をしてるってこと、言ってなかったわね

「まあ、美香さんがいいなら。ジュースとかじゃなくてもいいんですか」

「別に大丈夫よ」

 雪華さんに念を押されながらも、私は笑ってみせた。


 上映時間まであと少し、と、いうところで、雪華さんは自分のジュースを買いに売店へ向った。私は席でボーッとしながら周りを見ていた。

 人が少ないながらも、未就学児の子供を連れた親や、大学生くらいのカップルなんかもいてなんだかんだ人がウロウロしている。大学生カップルなんかを見ていると、自分も敦さんと付き合いたての頃に一緒に映画に行ったことを思い出した。あの頃はまだ敦さんも遠慮していたのか、普通にかっこいい俳優のでているラブストーリーなんか見に行ってたっけな。もちろん、多少敦さんのソワソワがひどかった事は覚えているけど。別にかっこいい人が出てたって、敦さんが一番なのは変わりないのに。


「お待たせしました。さあ行きましょう」

 Lサイズのジュースを抱えた雪華さんが戻り、私達はいよいよ映画へ出発するのだった。


 大音量のCM広告の鳴り響く暗い映画上映の部屋に入り込んだだけで、私の心臓が破裂しそうだった。






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