第2話 新人の子
※※※※
もうすぐ5時になる。
少しでも帰宅が遅れると大変なので、私はそそくさと仕事の片づけにはいる。
「だから、違いますって!私は何もしてないです!」
「じゃあ誰がデータ消したっつうんだ!お前と俺しかこのパソコン今日使ってないんだぞ」
「知りませんよ。てか課長のフォルダなんか触ってもないし」
「触らなくても消えることあるだろうが!」
「メチャクチャな事言わないで下さいよ!」
部屋の端の方で何やら揉めている声がした。
嫌だな、変なトラブルじゃないといいけど。関わらないようにしよう。
私がそっと声の方を見ると、課長と、新人の子がパソコンを前に言い争っていた。
新人の子は、確か営業部の
「とにかく、データ元に戻るまで全員帰さないからな。文句をいうなか石川に言うんだな」
なんて事!!私は焦った。関係無いのに!何時になるかわからない残業なんてことになったら……。私はゾッとした。
「ちょっと失礼します」
関わらない方がいい気がしていたが、このままでは大変なので、私は二人の間に佇む、問題のパソコンに近づいた。
「課長、恐れ入りますが消えたデータとは」
「ここにいつも入れていたんだ。大川建設のデータだ」
「大川建設……」
私はふとパソコンの画面を見ながら記憶を手繰り寄せる。
「えっと、ああ、確かに今日削除されましたけど」
「何っ!神田、お前がやったのか!」
課長が私に食って掛かる。私は慌てて答える。
「社長が、削除してましたよ。と言いますか、クラウドに保存されてるはずなのでこっちから入っていけば見れるはずです」
私はパソコンを操作する。
「ほら」
「な、知らねえぞ、そんなの」
課長は文句を言う。知らないわよ、そんなの。社長に文句言ってよ。そもそも、保存場所変えるって一週間前に通牒来てたじゃない。
その時、5時のチャイムが鳴る。退社時間だ。
「では、無事に見つかりましたので、私はこれで失礼致します。お疲れ様でした」
これ以上面倒に巻き込まれたくなかったので、私はそそくさと荷物を持って営業室を出る。
「あ、神田さん!ありがとうございました!」
大きな声でお礼を言う石川さんに軽く手を振って、家路を急いだ。
※※※※
次の日。のんびりランチタイムに一人、休憩室でお弁当を開いた時だった。
「神田さんっ」
ヒョコっと休憩室に顔を出したのは、石川さんだった。
「お一人ですか?」
「ええ、今日は事務課の人みんなで新しく出来た喫茶店にランチに行ってるわ」
「神田さんは行かないんですか?」
「私は毎日お弁当だから」
敦さんは、自分が知らないところで私が他の人とランチに行くことを凄く嫌がる。
「それに、誰かは電話番してなきゃだめでしょ?」
言い訳がましい私の説明にあまり興味なさそうな顔をしながら、石川さんは私の向かいに勝手に座った。
「ふうん、あ、凄く美味しそうなお弁当!神田さん料理上手なんですね」
「これは旦那が作ったの」
「えー!凄い!旦那さんヤバい!羨ましいー」
「そう?」
なんだかんだで敦さんの事を褒められればやっぱり嬉しい。
「ところで、昨日はありがとうございました。おかげで変な濡れ衣着せられなくてすみました」
急に真面目な顔で石川さんは私に言った。
「別に気にしないで。私は、早く帰りたかっただけだから」
「それでも。よかったら、今度一緒にランチ行きませんか?奢ります」
「別に奢ってもらう程の事はしてないわ」
「じゃ、コーヒーくらいはどうですか?ほら、会社の向かいに、最近出来たカフェの。テイクアウトも出来ますし」
「いいえ。大丈夫よ」
「えー、お礼に何かさせてくださいよー。私、何でもしますよぅ」
石川さんは頬を膨らませた。
「じゃあ、そこの自販機で缶コーヒー買ってくれれば嬉しいわ」
「それだけじゃつまらないですぅー!一緒にもっとカロリーのヤバいクリームたっぷりのコーヒー飲みに行きましょうよー」
「何でそんなに……」
私は少し呆れて石川さんを見た。
「これを口実に、神田さんと仲良くなりたいんですよおー」
石川さんはそう言いながら、テーブルにコンビニの袋を置いた。中身は多分コンビニ弁当だ。
それにしても、私と仲良くなりたいなんて、変な子。
「いつも定時に帰るし、飲み会もいかない、でも仕事は人一倍デキル、事務課のエース。仲良くなりたかったんですよ、ずっと。機会を伺ってたんですー」
「物好きね」
「そうです、物好きなんです」
石川さんはそう言いながらコンビニ弁当を袋から取り出す。一緒に大きな野菜ジュースとプリンを取り出す。
「え?」
私は思わず声を上げた。石川さんが取り出した野菜ジュースに目を奪われた。
「どうしました?」
石川さんが私を覗き込んだ。
「それ、何?」
「え?この野菜ジュースですか?コンビニ限定のやつで、結構前から出てますよ」
「そうでなくて、そのシール……」
私は震えながら野菜ジュースについているキャンペーンシールのようなものを指さした。
「シール?ああ、映画のキャンペーンのやつじゃないですか?あ、これ来週から公開でしたよね。確か……」
「『ロードオブレイン』」
「そう、それ。有名な漫画の実写化ですよね」
「じ、実写化……?映画……?」
「あれ?知りませんでした?結構テレビでも雑誌でも宣伝してた気がしますけと。ネットニュースでも見ましたよ」
そう言って、石川さんはスマホを取り出して何やら調べ、私に渡してきた。
「ほら、これです。
「陣野秋吉が、主役……主役の
私はうなされているように何度も呟いた。
石川さんは、ロードオブレインの映画のホームページを見せてくれた。
「ほ、本当だ……」
「あ、もしかして神田さんロードオブレイン好きなんですか?」
私はそれに答えずに、石川さんのスマホに無意識に手を伸ばしていた。
「ちょっと、見せてもらってもいい?」
「どうぞ」
石川さんのスマホを受け取り、ホームページをじっと見る。ふとキャストのページをクリックしてみて……
「はうぅっ!!」
「ど、どうしたんですか!?」
変な声を上げてうつ伏せた私に、石川さんは慌てて駆け寄ってきた。
私はゆっくりと顔を上げて石川さんの目を見て言った。
「石川さん……、さっき、お礼になんでもするって言ってたわよね?」
「え?あ、はいっ」
「じゃあお願いがあるの」
私は石川さんにスマホを返しながら言った。
「私、この映画見に行きたいんだけど」
「あ、一緒に見に行きますか?」
「そんな簡単なことじゃないわ」
「へ?」
「私が、映画に行けるように、協力してほしいの」
「……?はあ」
石川さんはポカンとした。
「今度ちゃんと説明するわ」
そう言って私は急いで弁当をかき込んだ。石川さんも私に合わせるかのように急いでコンビニ弁当を開けて食べ始めた。そしてスマホを再度私に差し出した。
「えっと、じゃあとりあえず連絡先交換しましょう」
「それはダメ」
「えっ!」
思いがけず拒否られたのに、石川さんは目を丸くした様子だったが仕方がないのだ。
「今あなたに連絡先を教えることによって、これからのミッションに影響が出る可能性があるわ。だからちゃんと説明してからじゃないと」
「ミッション……え、映画に行くってだけじゃないんですか?」
「行くだけよ」
「ですよね」
「ともかく」
私は食べ終えた弁当をしまいながら立ち上がった。
「私はこれから色々計画を立てるわ。石川さん、明日のお昼の予定は?」
「特にありませんが」
「明日も一緒に食べましょう。その時に色々話すわ」
「は、はいっ!喜んで!」
居酒屋みたいな返事をしてコンビニ弁当を食べる石川さんを置いて、私は休憩室を出ていった。
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