第3話 あの頃の

※※※※

 その日の夜、私は家で、クローゼットの引き出しの奥にしまっていた箱を久しぶりに取り出した。中には、学生時代に集めていた宝物が入っている。


「あ、それ久しぶりに見ました」

 後ろから声がした。敦さんだ。

「昔集めていましたよね、桜の花弁の形の小物色々」

「うん、そうね。今日仕事中何となく思い出して、久しぶりに出してみたの」

 そう言いながら、私は箱の中から緑色の桜の花弁の模様のついたボールペンを一本取り出した。大事にしまっていたので色褪せてもいない。チラシの裏に試し書きをしてみた。インクも充分残っているらしく、まだ使えることを確認した。

「取っておいても仕方ないし、会社で使おうかしら」

「いいんじゃないですか?そのペンオシャレですよね。わざわざネットで取り寄せたんじゃなかったでしたっけ」

 敦さんは優しい笑顔で同意してくれる。私もほほえみ返した。


 これは私の、決意の証だ。


 私は桜の花弁のボールペンを、仕事用の鞄にしまった。



 ロードオブレインは、わたしの学生時代に連載していたファンタジー漫画だ。アニメ化もしていたし、グッズもたくさん出ていた。

 私の人生で一番ハマっていた漫画だった。

 だから、漫画は本がボロボロになるまで読み込んだし、アニメもDVDで何度も繰り返しみた。そしてもちろん、好きなキャラクターキーホルダーやアクリルスタンドも数点持っていた。しかしそれも敦さんと付き合う前までの話だ。


 敦さんは自分以外に「好き」の感情を向けるのを嫌がった。はじめは恐る恐る、しかし次第に強く、ロードオブレインのグッズの処分を訴えた。

 私は素直に従った。勿論嫌だったけど、敦さんが泣いて訴えるので、とうとう処分を承諾してしまったのだ。漫画、DVD、キーホルダー、ぬいぐるみ……。売ったり、譲ったり、どうしようもないものは捨てたりして、全部全部処分した。

 しかし、処分しなくても問題が無かった物がある。

それが、公式グッズでもなんでもない、ただの桜の花弁モチーフの小物だ。

 敦さんには、それがファングッズだとバレなかったのだ。


 桜は、概念アイテムである。

 ロードオブレインに登場する主人公の相棒、松竜マツリの身につけているマントの色が緑色であり、且つ、持っている武器が桜の花弁をモチーフにした剣だった。

 松竜のファンは、緑色のものや桜のモチーフの小物を、概念アイテムとして身につけていた。あからさまなオタクとしてバレないように、でも推しの何かを身に着けたかったから。


 そう、私はロードオブレインの登場人物の中で、松竜のファンである。


 そして、今日石川さんのスマホで見た、ロードオブレイン実写化のキャスト、松竜の配役は、アイドルの星川良馬ホシカワリョウマだった。


星川良馬は、私がデビュー当時から応援しているアイドルグループのリーダーである。ライブはチケットが当たらなくてほぼ行けなかったけど、ほぼ毎日のように曲は聞いていた。ライブDVDも繰り返し見て、出演するテレビもラジオも欠かさなかった。


 でもそれも敦さんと付き合う前までの話だ。敦さんは自分以外に「好き」の気持ちを……以下同文。よって以下略。


 つまり、敦さんと付き合う前にずっと好きだった二大推しが映画でドッキングするのだ。

 勿論、敦さんがそんな映画を見に行く事を許すはずがない。見に行きたいと言うだけでどうなるかはわかっている。

 でも、そんなの、そんなの!どうにかして行くしかないじゃないの!



「なんだか、今日の美香さん機嫌がいいですね。何かありました?」

 ベットに座りながら敦さんが私の顔を覗き込んだ。

「そう?何かしら」

 危ない、興奮しすぎて気持ちが溢れていたみたい。気をつけなきゃ。

「あ、今日敦さんのお弁当褒められたの。後輩のに。それかも」

「後輩って、女子ですか。男子ですか」

淳さんの目が少し怖い。

「女の子よ」

「あー、なるほどそうですか。それは僕も嬉しいですね」

 何がなるほどなのかしら。私はちょっと首をかしげた。敦さんはホッとしたような顔をして、抱きしめた。そのまま私達は一緒にベットに潜り込むのだった。





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