第31話 とってもクソ

※※※

 私達はその後すぐにファーストフード店を出た。雪華さんとは会社に向かう途中で別れた。

「それじゃあ、グッドラック!」

 親指を立てる雪華さんに、力強く手を振ると、私は会社に戻った。


「あれ?神田さんどうしたんですか?」

 会社に戻ると、案の定、同僚に不審そうに声をかけられた。

「ちょっと忘れ物しちゃって」

「何忘れたんです?」

「スマホ」

「それは忘れちゃダメなやつ!」

 呆れ顔で言う同僚を後目に、私は広報課に急いだ。


 広報課に行くと、鈴川さんがパッと明るい顔をして出てきた。待ち構えていたようだ。

「おかえりなさい!見れました?」

「もちろん」

 鈴川さんは、私の返事に嬉しそうな顔をすると、すぐに机の近くから赤いエコバッグを取り出した。

「では、ご返却しますね」

「ありがとう」

 自分のエコバッグを受け取ると、私は鞄から、さっき買ったアクリルキーホルダーの袋を取り出した。まだ開けていない、買ったばかりのものだ。

「これ、預かっててもらってもいい?持って帰ってバレたらいけないから」

 鈴川さんは、ほあぁぁぁ、と謎の声を上げながら袋を受け取った。

「しかと受け取りました!開封の儀、今度一緒にやりましょう!」

「ええ。じゃあもう行くわね」

 私はそう言って、帰ろうとした、か、ふと思うところがあって、思わずまた鈴川さんの方を見て恐る恐る言った。

「一言だけ、正直な感想、言ってもいい?」

「……正直な感想……、どうぞ」

 鈴川さんが真剣な顔で促してくれた。まだ業務時間内なので、私は周りに気を使って小声で鈴川さんの耳に囁くように言った。

「とっても」

「とっても?」

「クソ映画だったわ!」

「ですよね!!!!」

 鈴川さんも小声で、でも力強く同意してくれた。お互いにとびきりの笑顔だ。雪華さんが聞いたら、「上映中泣いてたのに!?」と驚かれてしまうだろう。でも、それはそれ、これはこれなのだ。

「でもとってもとっても楽しかったわ!クソ映画だけど」

「今度、いっぱい感想言い合いましょうね!」

「ええ。それじゃあ」

 私は広報課から立ち去った。

 ちょうど就業時間の五時のチャイムが鳴った。私は急いで会社の外に向かった。

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