第30話 プロジェクトチーム

「百円コーヒーなら、余ったお金で買えますよね?」

 そう言ってサクサクとコーヒーを二杯注文する。

「本当は、全部終わってからネタバレする予定だったんですが」

 雪華さんは、コーヒーに砂糖とミルクを各三個づつ入れながら話しだした。

「美香さんの仲間は、このプロジェクトチームには、私と鈴川さんの他にもう一人いるんです。ギリギリで誘い込みました」

「もう一人……」

 私はコーヒーを啜りながらオウム返しした。

「そうです。ところでもう落ち着きました?」

「ええ、ありがとう。ごめんなさい取り乱して」

「そうですよー」

 雪華さんは笑ってみせた。そしてコーヒーをかき混ぜながら言った。

「私、美香さんの旦那様とバイトが同じだったって言ってましたよね?そのバイト、日下部さんも一緒だったんですよ」

「え?」

 思いがけない繋がりに、私はポカンとした。

「そ、そう言えば、初めて日下部さんと会ったとき、バイト仲間だったって自己紹介してたような……」

「そうですよ。むしろ私は神田先輩より日下部先輩と仲が良かったんですよ。たまに連絡取って飲みに行くくらいには」

「へえ」

「日下部先輩が神田先輩と一緒に仕事してるのは最近まで知らなくて。まあ別に関係ないしって感じだったんですけど。

でもつい数日前に気付いたんです。日下部さんに手伝ってもらえば、神田先輩を忙しくすることができるんじゃないかって」

 悪そうに微笑む雪華さんの言葉に、私ははっと思いついた。

「今日、夫は取材に行っているの。日下部さんにスケジュール調整してもらったら、今日しかだめだったって。もしかしてそれが……?」

「ふふ、取材先に取材させてもらってるときに、美香さんの職場に無意味に電話したりしないでしょう?仕事に対しては真面目な人みたいですし」

「だから、会社に直接電話がかかってくる心配を、大丈夫、なんて言ってたのね」

 私は、鈴川さんとの会話を思い出しながら言った。

「そういう事です。でも日下部先輩ああ見えて結構真面目ですし、何より神田先輩への友情の熱い人なので、すんなり協力してくれてるわけじゃないんですよ」

 雪華さんは苦笑しながら言った。

「ちゃんと夫婦で話し合うべきだとか、夫婦お互いに嫌がる事をしないべきだとか、何よりそれなら俺が間に入って話し合いの場を設けようだとか。ややこしくなるからヤメてーってなったんですから」

「そ、そんな熱い人だったのね」

 正直、ちゃんと会ったのは一度だけだったから、そういう人だなんて知らなかった。

「本当に、やっぱり日下部先輩に言わなきゃよかったって焦ったりもしましたが、なんとかなりましたね。今回だけだからって頼み込んで。まあ最終手段、色々私は日下部さんの弱みも握ってるんで」

「弱み?」

「あはは、冗談ですよ」

 冗談ではなさそうな顔をしながら雪華さんは言った。

「大丈夫。日下部さんはチクったりしません。チクったら結局悲しむのは神田先輩なんですからねって脅してありますから」

「脅してるって……」

 私は思わず笑ってしまった。

「それにしても、私の知らないところで色々動いてくれてたのね。ありがとう。私以上に本気じゃない」

 心からそう言った。だってこんなこと、面倒ばかりで雪華さんには何もメリットが無いのに。助けられてばかり。

 私のお礼の言葉に、雪華さんはなぜか少し恥ずかしそうな顔になった。

「実はちょっと意地になってたんです」

「意地?」

 私は聞き返す。何が意地なのかしら?

「前に、私、美香さんにをアイドルショップに釣れて行ったじゃないですか。でもあれは私が美香さんの事情をちゃんと理解出来なくてちょっと不発だった感じじゃないですか」

「不発なんて!楽しかったわよ!買うのはちょっと無理だっただけで」

「そう、そこですよ!買うのは無理なのわかってたのに、そこを失念してたのがなんだか悔しくて」

 別に雪華さんが悔しがることじゃない。私は意味が分からず首を傾げた。雪華さんは続けた。

「その上、盗聴にも気づかなくて……少し考えればその可能性も考えておかなきゃだめだったのに。そのせいで私の美香さんを独り占めされてしまって……!」

「わ、私の美香さん?」

 私は雪華さんの言葉を聞き逃がせなくて、問い返したかったが、美香さんは興奮したようにコーヒーの紙コップを握り潰しそうになりながら続けた。

「そうですよ!ズルい。楽しくランチをしてたのに、その時間を奪うなんて許せない!」

「は、はあ」

 私も雪華さんとランチするのを楽しんではいたけれど、それ以上に、私は雪華さんに想われていたようだ。

 私が何も言わないでいるのに気づいて、雪華さんは我に返ったようで慌てて繕うように明るく言った。

「なぁーんでね。やだ、ちょっと大げさに言っただけですよ」

「うん、わかってるわ」

 私は頷いてみせた。

「その為に、これからの作戦があるんでしょう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る