当日

第26話 当日

※※※※

 当日、私はなるべくいつもと同じような行動を心がける必要があった。

 でも、緊張のせいか、かなり早く目が覚めてしまった。いつもは弁当や朝食を作ってくれる敦さんの方が早く起きる。でも今日は敦さんが起きる時間より1時間近く早く目が覚めてしまった。二度寝しようにもドキドキしてきて眠れない。

「……おはよう。あれ?もう起きてるんですか?」

 ベットでもぞもぞしてしまい、起きた敦さんに、目が覚めていることがバレてしまった。

「へへ、おはよう。なんだかカーテンズレてたのかしら?明かりが目に入って、ちょっと早く目が覚めちゃったわ」

 我ながらムチャクチャな言い訳だが、敦さんはそっと頭を撫でて優しく言った。

「災難でしたね。朝食出来たら起こすので、もう少し寝てていいですよ」

「ありがとう」

 敦さんの朝から優しい笑顔を見ると、正直胸がズキンとする。私は今日、敦さんの嫌がる事をするのだ。覚悟はしていたけど、少し揺らいでしまう。

 敦さんが寝室から出ていくのを確認してから、また布団を被る。やっぱり眠れない。私は諦めてベットから出ると、着替えるためにパジャマを脱いだ。

 目に入ったのは、昨日の夜おろしたての緑の下着だった。あの日雪華さんと遊びに行った時に買った鮮やかな緑の下着。桜の飾りがプランと揺れたのを見た瞬間、私は覚悟を決めた。


 そうよ。私は他の男をイメージして買った下着を今身につけているのよ。

 今更なんだっていうの。もう悪い女じゃない。

 そう思うと、私は勢いよくクローゼットを開けた。

 少しでも動きやすい服を選ぶ。今日はギリギリのスケジュールで動くのだ。私は頭の中でシナリオを復唱しながら着替えを始めた。


 敦さんに呼ばれて、私は朝食の席に着く。

 二人分の弁当を包む敦さんに、私は声をかけた。

「そうだ、敦さん、昨日言うの忘れてたんだけどね、私今日昼休みの時間少しずれる事になりそうなの」

「ズレる?」

「ええ、午後からの会議の部屋のセッティングのヘルプ頼まれてて。三十分くらい早めにお昼休みに入って、三十分くらい早めに仕事に戻らないといけないんだけど」

「分かりました。三十分早めに僕も行きます。ちょうどよかった。僕も午後から外に出る仕事が入ってるので、早めにお昼取れる方が助かります」

 敦さんはそう言うと、自分も朝食の席に着いた。


 朝食が終わり、身支度を整えて、私は敦さんと一緒に玄関を出た。面倒がることなく、敦さんは私の送り迎えを続けている。

「そう言えば、今日午後から外に出る仕事って?新しい仕事の打合せ?」

「イラストの資料の為の撮影です。日下部に取材先との日程調整頼んだら、今日しか空いてないらしくて」

「へえ、頑張ってね」

「ええ。美香さんも」

 そう言いながら私達は歩いて行った。


 会社に着いて、敦さんと分かれる。入口に入ると、雪華さんが待ち構えていて、恐る恐る私に近づく。

「旦那様、こっち見てないですよね?」

「大丈夫。すぐに帰ったわ」

「よし」

雪華さんは頷くと、早口で私に言った。

「シナリオは頭に入ってますか?」

「ええ、なんとか詰め込んだわ。ちょっと何点か運任せみたいなとこもある気がするんだけど……」

「それは今更仕方ないのでスルーしてください」

「ええ……」

「私、もう同僚たちに、何で有給なのに来てるんだって突っ込まれ疲れたのでそろそろ行きますね。じゃあ、後で映画館で会いましょう」

 雪華さんはそう言うと、さっさと会社を出ていった。

 確かに、何で来てたのかしら。シナリオによれば、雪華さんが会社に来る必要は特に無いのに。そう思った反面、多分叱咤激励に来てくれたんだろうな、とも思えて、私は思わずニヤけてしまった。


 午前中、ソワソワしながらも仕事をなんとか進める。

「丸一日休んじゃえばよかったのにー。別に急ぎの仕事ないんだから」

 同僚が不思議そうに言う。

「なんか今日、営業課の新人の子と遊びにいく計画っぽいのしてなかった?もしかして有給合わせて取ると文句言われるとか思ってたとか?」

「まあ、そんなとこですかね」

 私は適当に話を合わせる。

「私、残業一切してないので、別なとこで気を遣うんですよ」

「そっかあ、でも気にしなくてもいいのになあ」

 同僚は肩をすくめて言った。

 まあ、同僚の言い分も分からないでもない。別に繁忙期でもないのに、会社に来て、昼休み三十分前には帰るというのだから。


 十一時半ピッタリに仕事を終えた。

 大急ぎでスマホとハンカチティッシュわやを昨日鈴川さんから貰った赤いエコバッグにしまうと、席を立った。

「あ、帰るのね、お疲れ様ー」

 同僚が言うが、私は首を横に振った。

「まだ帰らないんです。ちょっと用事済ませて、十二時半ごろまた戻ってきます。なので鞄このまま置いていきますけど気にしないで下さい」

「はあ」

 不思議そうな顔をする同僚を後目に、私はエコバッグ一つ持って会社を飛び出した。


 



 







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