監視の目
第22話 ああ、楽しかったな
※※※※
次の日。お昼休みの時間が始まるとすぐに、広報課へ向かった。広報課の入口の所ですぐに鈴川さんを見つけた。
「あ、神田さん、昨日はどうも。今ちょうどお昼そちらに行こうかと思ってて……」
「ごめんなさい。昨日約束したんだけど、私は今日お昼一緒にできなくなっちゃって」
私は鈴川さんに早口で言うと、鈴川さんの手に折りたたんだメモ用紙を握らせた。
「雪華さんは多分あの会議室にお昼食べに来るはずだから、会ったらこのメモを渡してもらえるかしら?」
「あ、あ、はぁ」
突然言われて、鈴川さんは戸惑ったような返事になっていた。
「あと、雪華さんに、『ばれた』って伝えてもらえる?」
それだけ言うと、私は急いでその場を離れた。そして早足で会社の外に出ていった。
会社の外の門の所で、敦さんが待っていた。
「お待たせ」
「うん、ちゃんとお昼休みすぐに来てくれましたね」
敦さんはニッコリと笑った。
「じゃあ、行きましょうか。近くの公園のベンチで一緒にお弁当食べに」
「ええ」
私は頷いた。
昨日、結局あの後問い詰められ、二度と隠し事をしないと約束し、そして、昼休みに色々と計画を立てていた事を知った敦さんは、今後昼休みに一緒に弁当を食べると決めてしまったのだ。つまり、雪華さんや鈴川さんと話す機会を無くそうとしているのだった。
雪華さんに友達なってくれと頼んだのは敦さんではないか、と少し抗議したのだが、こんなはずではなかった、と一蹴された。一体どんなつもりだったのだろうか。
スマホでメッセージを雪華さんに送ることはもう出来ない。
仕事でたまには顔を合わせるが、ゆっくり話す暇は無い。
諦めよう。そう、思って私はメモ用紙に顛末を書いておいたのだ。
営業課である雪華さんはいつも少し遅れてお昼に来る。お昼が取れなくてランチを一緒に出来なかった事もあった。お昼休み始まったらすぐにでなければ敦さんが待っているので、比較的時間通りにお昼の取れる広報課の鈴川さんの方にメモを渡したのだった。
こんなことなら、ちゃんと鈴川さんの方にも事情を説明しておくんだったわ。ごめんね、鈴川さん、訳がわからないお願い事しちゃって。今度ちゃんと何らかの形で埋め合わせするから。……出来たらだけど。
私は心の中で呟いた。
敦さんと二人で、会社近くにある広めの公園のベンチに座ってお弁当を食べる。
数人の子連れのママさんたちや、疲れたように座って缶コーヒーを飲んでいるサラリーマンなどで結構人がいた。
「わざわざこっちに来てもらっちゃってるけど、お仕事の方は大丈夫なの?」
「問題ありません。むしろお昼にこっちに来るのもいい気分転換ですよ。何しろ美香さんの顔をみてお昼が食べれるんですから。むしろ、なんで早くやらなかったんだろう」
にこやかに答える敦さんに、私は見えないようにため息をついた。
私だって、敦さんとお昼一緒にできることは嫌じゃない。むしろ楽しい。ただそれが、雪華さんたちと引き離す目的じゃないのなら。
ああ、楽しかったな。
映画に行くために、ああやってワイワイ話をしたのが、楽しかった。
映画に行くことを諦めたことより、お昼を奪われたことの方が辛かった事に、今気がついた。
「美香さん、どうしたんですか?なんかボーッとしてましたよ」
「そう?ちょっと午前中の仕事疲れたのかも」
私はそう笑ってみせた。
今頃、雪華さんは鈴川さんからメモを受け取っているだろうか。そして憤慨しているだろう。なぜここまで来て諦めるのだと。
私が雪華さんに宛てたメモは必要最低限の事のみ書いておいた。手紙にすると感情的になりそうだったし、何より会社で仕事の合間に急いで書いたので、本当に走り書きのメモのようになってしまったのだ。
内容は以下のとおりだ。
『計画が発覚しました。盗聴器によって映画館に行ったときからの会話は筒抜けになっていました。
また、石川・鈴川両名が協力者として把握されたため、昼休み時間を拘束されることになりました。おそらく監視も厳しくなると思われます。よって計画は頓挫となります。ご協力していただいたのに申し訳ありませんでした』
お昼の拘束の他、おそらくしばらくは仕事中電話をかけてくるだろう。とにかくこっそり有給を使って会社を抜け出さないか監視するはずだ。少なくとも、ロードオブレインの上映期間中は。
敦さんが忙しくなれば話は別だが、確か忙しさのピークは過ぎたはずだ。
私は再度、敦さんの目を盗んでため息をついた。その時だった。
スマホが鳴った。何かメッセージが入ったようだ。
多分雪華さんだろう。私が取る前に、敦さんが、スマホを取った。そしてメッセージを開いたようだ。
「石川かな?」
敦さんは険しい顔でスマホを差し出した。
私は受け取ると、メッセージを見た。
『内容確認しました』
それだけだった。
もちろん、敦さんに見られる事を想定して、これだけしか送らなかったのだとは思う。だけど、思ったより短くて、何だか突き放されてしまったような錯覚に陥ってしまった。
自分で頓挫になったって伝えたのに、雪華さんにはもっと憤慨してほしかったのだ。これくらいで諦めるんですかっ?って。だとしたら、なんて私は自分勝手でわがままなんだろう。
私は公園の風を感じながら、自己嫌悪に陥ってしまった。
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