第21話 発覚

※※※※

 私は、小さなアップルパイをお土産に家に帰った。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 敦さんは笑顔で出迎えてくれた。

「これ、アップルパイお土産」

「夕食後食べましょうか。その前に」

 敦さんは手を出した。

 私はいつものようにスマホを差し出す。あとレシートも。

「危ないお店には行ってませんか?男性店員のいるお店にも近寄ってませんか?」

「大丈夫よ。雪華さんに聞いてもいいわ」

「おや、下着買ったんですか?」

「ええ、可愛くて」

 そう、あのファッションビルで結局星川良馬のものは買えなかったが、若い子向けの派手めなランジェリーショップで、色鮮やかな緑色で桜の飾りが付いた下着が、安く売っていたので思わず衝動買いしてしまったのだ。新しい概念アイテムだ。

「ほら」

 私はショップの袋を見せた。

「中身はちょっと今は恥ずかしいから」

 チラリと見せるだけで勘弁してもらおう。

 敦さんは、少し微笑んだ。

「珍しいですね。そんな鮮やかな色なんて」

「そうでしょ」

 私も笑ってみせた。敦さんはまたレシートに目を落とした。ふと雪華さんからもらったレシートを手に取ると、それをじっと見つめて首をかしげた。

「美香はいつも食後ブラックコーヒーなのに、カフェオレなんて珍しいですね」

「雪華さんに勧められたの。たまにはいいかな、って思って」

 内心ドキドキしながらそう答えた。

 すると敦さんは、小さく、ふうん、と言って、私の両腕を優しく掴んだ。そしてそっと私を押して、壁に追い詰めるようにすると、顔を近づけて言った。


「隠せてると、思ってますか?」


 さっと血の気が引いた。

 バレている。

 私は声が出なかった。


「今日は、何の予行練習だったんですか」

 

 どうして。どこで?どこまで知ってるの?私は混乱して、敦さんから目をそらした。


「こっちを見てください。僕の目を見て。ねえ美香さん、答えて下さい。今日は一体何の目的で外に出たんですか?僕に隠れて何する予定なんです?」

 顎を掴まれて無理矢理顔を挙げさせられた。冷たい目をした敦さんの顔が近づいてきた。

「ただ、友達と遊びに行きたかっただけよ。雪華さんは、敦さん自身で友達になってって頼んだ人でしょう?心配するような人じゃないでしょ?」

 私は、必死で冷静を装って言った。敦さんの表情は変わらない。

「そうですね。あの子は真面目な子だったし、雪華さんに悪い遊びを教えるような子じゃない、と思ってましたよ」

 そう言って、敦さんはふと手を離して、私の持っていた鞄に手を突っ込んだ。中からは、見たことのない黒い小さな箱のようなものが出てきた。

「まさか、ボイスレコーダー的な……?」

 私が恐る恐る敦さんを見ると、とても悲しそうな顔で私を見つめていた。

「ボイスレコーダーというか、盗聴器って言ったほうがいいのかな」

「なんでそんなもの!いつの間に!」

 さすがに盗聴器なんて出されたら怖い。どうして。

「そんなに、私の事が信用できなかったの?」

「信用したかったです。事実、これは使うつもりなんか無かったんです。午前中も我慢して家で大人しくしてましたよ。ただ、少しだけ様子を見に行こうと僕も外に出たときに」

 やっぱり付けてきてたのね、という言葉は飲み込んだ。それはまあ、想定内だったし。

「外に出た時、ちょうどお昼だったのか、喫茶店に入るところを見たんだ。男の店員のいる喫茶店に」

「男の店員、いたっけ?」

 私は必死で思い出して見る。しかし全く店員の事など気にしていなかったので、全然覚えていない。どちらかといえばあの時は、買えなかった、アイドルグッズ専門店の星川良馬のグッズの事で頭がいっぱいだった。

「前もコンビニで男の店員の所に入っていったりして……もう美香さんが信じられなくて」

 そういえば、いつもは必ず店員のチェックをしていたのに、最近はつい映画の事を考えたりすると、ボーッとして店員の性別の事など一切気にしていないときが多かった。

 「そんな空間にいて、なかなか出てこないし」

 敦さんが苦しそうに言う。確かに、色々話し込んで、喫茶店では結構長居してた気がする。

「だから、喫茶店から出てきて、少ししたことろで、美香さんの鞄にこれを入れたんです」

 そういえば、映画館で、鞄が人にぶつかったような感覚があった。その時に入れられたのだろう。


「ずっと、私達の話を聞いていたの?」

「途中からですけどね。まさかこっそりと僕に隠し事をしているとは思いませんでした。やけに最近機嫌がいいな、とは思ってたんですが」

 敦さんは寂しそうに笑う。

「酷いですね。色々裏工作して、僕に黙って映画に行くんですか?」

「ごめんなさい……。でも、映画に、行くだけ、よ……。それだけのことなの……」

 私は震え声で言った。誤魔化しはもう効かない。

「ただ、それだけのことなのよ」

「それだけの事、というのなら、我慢してくれても良かったじゃないですか」

 敦さんは悲しそうに言った。

「僕が、そうやって美香さんが僕の知らない所で知らない事をしようとするのが嫌なのを知ってるでしょう?芸能人だろうとなんだろうと、美香さんが他の男をカッコいいと思う事が耐えれない事を知っているでしょう?

ただそれだけの事、というのなら、我慢してくれてもいいじゃないですか」

 敦さんは強く私の腕を掴んで言った。痛い、とも私は言えなかった。

 敦さんは、何も言わずに黙って下を向いた私の顔を、またグッと掴んで上げさせた。

「ねえ?やっぱり美香さんを閉じ込めてしまいましょう。そうでなければ僕は不安で不安でしょうがないんです」

「それは……」

「こんな所で長話してしまいましたね。とりあえず部屋へ行きましょう。そしてちゃんと、話し合いましょう」

 敦さんは、色の無い目をしてニッコリと微笑みかけると、私を引きずるようにして玄関から寝室へと連れて行くのであった。




 

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