第20話 レシート
私達が映画館の前で話し込んでいた時だった。
「あれ?神田さんと石川さんじゃないですか」
「鈴川さん?」
ちょうど映画館から出てきた鈴川さんと鉢合わせになった。
「お二人も映画を見に来たんですか?あ、浮気相手との対決は終わったんですか?」
恐る恐る、でも興味津々の様子で鈴川さんはたずねてきた。
「あー……、ごめんなさい、あれは冗だ……」
「ええ、午前中には終わったんです」
私が答えようとするのを、雪華さんは遮った。そして私にこっそりと耳打ちをした。
「なんでそんな冗談言ったんだって、面倒な事になるので、黙ってましょう」
浮気相手と対決が本当だと思われる方が面倒そうだけど。まあでも、私は雪華さんの言うとおり口をつぐんだ。
「鈴川さんは、映画見終わった所なんですか?」
話を変えるかのように、雪華さんがたずねた。鈴川さんは少し恥ずかしそうに、映画の半券をピラピラさせて答えた。
「二回目。ロードオブレイン」
「あ、前売り沢山買ってましたもんね」
「そうなんです。二人に前売り二枚引き取ってもらったんだけど、それでもまだあるので」
鈴川さんはぺろりと舌を出して頷いた。
「何回も見るほど面白かったの?」
私はドキドキしてたずねた。すると、鈴川さんは、何も言わずに私の顔をじっと見つめてした。全く表情は読めない。
「え?どうしたの?」
私は不安になって聞くと、鈴川さんはフッと半笑いのような顔を浮かべて言った。
「それは、神田さんの目で確認してください。まだ見てない人に個人の感想を言うわけにはいきません」
きっぱりと言われて、私は思わず「ご、ごめんなさい」と謝ってしまう。鈴川さんは慌てて言った。
「いや、その、すみません、ちょっとそんな強く言うつもりじゃ……。あの、変に言うとネタバレ食らわしてしまう気がして……」
「ううん、何も考えないで聞いたこっちが悪かったわ。鈴川さんの言うとおりよね。自分の目で確認しなきゃよね」
私は頷きながら鈴川さんに言った。
「ところで、お二人は今からですか?」
話を変えるようにたずねる鈴川さんに、私達は首を振る。
「いえ。ただの下見に来たのよ。予行練習」
「は?」
ポカンとする鈴川さんの横で、雪華さんは苦笑いを浮かべていた。
鈴川さんとはその後、明日は一緒にランチをするという約束をしてすぐに別れた。
「さて、この後どうします?」
「今日は早いけどもう帰ろうかな。お土産でも買って」
私はそう言って時計を見る。まだ早いけど、あんまり遅くなると敦さんも不満だろうし、ちょうどいいだろう。まあ多分付いてきてはいるのだろうけど。
雪華さんは頷いて、そしておもむろに財布からレシートを一枚取り出した。
「はい、これ」
「何?レシート?」
「さっきの喫茶店のレシート。わざと別会計してもらったやつです。美香さんのと交換しましょう」
私は、雪華さんの意図がわからず首をかしげた。雪華さんは口を膨らませて文句を言った。
「もう、美香さんの案じゃないですか。ニセレシート案」
「ああ、あれ?でも映画代の問題は解決したじゃない」
結婚祝いのかさ増し、更に鈴川さんから前売り券を買うことによってむしろお金が少し余っている状態だ。
しかし雪華さんはチッチッと指をふって言った。
「お金なんてどれだけあってもいいじゃないですか。私の方のカフェオレの方が、数百円ですけど高いので、私のレシートを旦那様に見せて、差額は取っておいてくださいよ。ポップコーン代にでもしてください。
あ、なんかグッズとか買ってもいいんじゃないですか?鈴川さん、なんか前にキーホルダーがどうのこうの言ってましたし」
そんな魅惑的な事を言って、雪華さんは私の手にレシートを握らせた。
「さ、美香さんのレシートは私がもらいます。あと、差額分どうします?私が当日まで預かっておきますか?」
「じゃあ、お願いしようかしら」
私は財布を取り出して、レシートと小銭を渡した。まるで悪い取引みたいだわ、と私は思って少しニヤけてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます