第33話 友達



※※※※

 次の日の昼休み、ニコニコ顔の鈴川さんと険しい顔の敦さんと、公園でランチをした。

 鈴川さんは、敦さんをほぼ無視しながら、早口でずっと私に話しかけていた。正直、鈴川さんが何を言っているのかさっぱり分からなかった。ところどころオタク用語?のようなものが聞こえた気がしたけど、とりあえず私はよくわからないままに、うんうん、と楽しそうに見えるように相槌を打っていた。敦さんは始終ずっと不機嫌な顔をしていた。

「それにしても、美香ちゃんやっぱり本貸すから見てみようよー。始めは全年齢から始めてさ。その後ほら、色々取り揃えてあるからさ。ふふふふふふ」

「うーん、それはちょっとやめておくわ」

 私は敦さんの顔をチラチラ見ながら断る。敦さんは鈴川さんに向かって言った。

「いくら好きなものでも、強要するのはいかがなものかとおもいますよ」

「あらすみません。私つい強引に布教しがちというか」

 鈴川さんは舌をぺろっと出して言った。

「ついしつこくしちゃうんですよね。とりあえず今は諦めます。まあでも私の勧誘に屈しなかった人はいませんけどね。ふふふふ」

 鈴川さんは気持ち悪い笑顔を見せた。鈴川さん上手すぎる……。私はなんだか鈴川さんのキャラが面白くなってきてしまった。

 そうこうしているうちにお昼休みの終わりの時間になった。

「あ、もう行かないとね、美香ちゃん。旦那さんも、さようならー」

 そう言って鈴川さんは立ちあがって、サッサと私を引っ張るように会社へ戻っていった。多分残された敦さんは、とても不機嫌になっているだろう。ごめんね。


「なんか、あんな感じでいいんですかね?私」

 会社に戻りながら鈴川さんが心配そうに言った。

「とっても上手だったわ。他の人みたいだった。女優さんになれるわよ」

「いやぁ、あれは抑圧している私の闇の部分なので……」

「抑圧?闇?」

「そんなことより、キーホルダーいつ開けます?今でも大丈夫ですよ」

 話を逸らすように、鈴川さんが昨日私が預けたキーホルダーの袋を、鞄からのぞかせた。

「うまく行けば、明日」

「そうですね」

 少し残念そうにまた鞄にしまった。

「さて、あとはうまくいくでしょうか」

「あとは雪華さん次第ね」

 私達はそう言いながら仕事に戻っていった。


※※※※

 その日の夜、夕飯を食べ終わり、お風呂から出てくると、敦さんが何やら真剣に電話していた。

「だから、悪かった。でもそっちだって、勝手にうちの美香さんを…………。それはやめてほしい……。うんうん、それでお願いするよ」

 私の名前がでている。敦さんが電話を切るのを確認すると、私は声をかけた。

「誰に電話してたの」

「うわぁっ、美香さんもうお風呂上がったんですか」

 飛び上がって驚く敦さん。後ろめたい事がある証拠だ。

「私の名前聞いた気がするけど」

「あの、ええ。ちょっとお願いを」

「何?私には言えないこと?」

「いえ、違います!」

 敦さんは大きく首を振った。

「石川と電話していました」

「雪華さんと?」

「決してやましい話ではありません」

「それはわかってるわ。でも何でこっそり電話しているの?」

 少し強めの口調でたずねると、敦さんは言いづらそうに言った。

「石川に、美香さんをよろしく頼もうと……」

「どういう事?」

 私が問い詰めるようにたずねると、敦さんは諦めたように言った。


「僕だってそういうのが好きな子たちがいるのを知っていたし、それに関して別に不快感を感じたことも馬鹿に思ったこともありません。実際それに近いイラストの依頼も何度か受けましたし。

でも、美香さんがそういうのに、興味を持ったりするなら話は別です。いくら二次元キャラクターであっても、他の男に萌えることなんて、僕には耐えられません!あと、ちょっとあの人のはマニアックすぎる……」

 一体何の話かしら。鈴川さん、本当に一体何をエコバッグに入れいたの?

「美香さんが、お友達をほしいのはわかっています。いつもの僕の独占欲で人間関係に不自由してしまっているのも心苦しいと思っています。でも、あの人とはあまりお付き合いしてほしくないんです!別にあの人が何を好きでもいいんですが、あの強引さはあまりにも危険……。きっといつか美香さんは陥落してしまう……」

 敦さんは、頭を抱えて言った。私はそっと敦さんを抱きしめた。

「そうよね。敦さんはそう言うって、わかってたのに、私も、はしゃいじゃってごめんね。でも、私あの人と連絡先交換しちゃったのよね」

 私は敦さんを抱きしめたまま、困ったように言った。


「だから石川に頼んだんです。やっぱり美香さんとまた友達になってくれって。僕のワガママなんですけど。ほら、石川と今日の人、仲良くないんでしょう?」

「そうですね」

「石川がついてくれたら、多分あの人も近づいてこないんじゃないかって思って」

「そうかもね。でも、敦さん雪華さんのこともう、信用してくれない感じじゃなかった?」

 私はたずねる。敦さんはバツが悪そうに言った。

「背に腹は代えられない、と思って。もう美香さんを変に誘ったりしないことだけは約束してもらったけど」

 別に雪華さんに、誘われたわけじゃない。私がさそったんですけど。まあ、それを今わざわざ言う必要は無いか。

「お昼休みは、石川と食べてください。さすがに雪華さんは僕が一緒では嫌でしょうから。しばらくあの人が近づいてこないようになるまでは」

「そう、分かったわ」

 私は静かに頷いた。

 その一方で、心の中でガッツポーズをした。


 







 

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