第34話 映画を見に行く悪い女
※※※※
「よかったー。うまくいったみたいで」
「また一緒にお昼出来るわね」
次の日の昼休み、私は、雪華さん、鈴川さんと一緒に、また前のように会議室でランチをしていた。
「鈴川さんの演技がよかったわ」
「ふふ。私の闇の部分をちょっとウザくなるようにしてみました。人の話を聞かないような態度を取ることがコツです」
自慢気に鈴川さんは言う。
「正直、夫なら、鈴川さんを無視して雪華さんにも頼らず無理矢理引き離すことだってしそうだと思ってたけど」
私はふとそう言うと、雪華さんは自慢気に笑った。
「罪悪感ですよ。やっぱり基本的には悪い人じゃないから、愛する妻が友達を欲しているなら叶えてあげたいじゃないですか」
「でも今までは……」
「今までは別に欲しそうにしてなかったんでしょう?でも今は、私と引き剥がされた時ショックな顔をきっとしてくれてただろうし、シナリオで、鈴川さんとも友達になりたそうな雰囲気を出していた。それで罪悪感刺激したんですよ」
「なるほど。やっぱり欲しいものは欲しがらないと変わらないのね」
私はなんだか目から鱗が落ちた気分だった。
「あ、別にシナリオ抜きでも、鈴川さんとは友達になりたいわよ」
「わ、私もです!」
私と鈴川さんが微笑みあっていると、雪華さんはなんだかぷくっと頬を膨らませて間に割って入ってきた。
「美香さんと先に友達になったのは私ですからねっ」
「そうね。雪華さんと友達になれたから色々できたわ」
私は雪華さんにも笑いかけた。
雪華さんは照れ笑いしながら、話を変えるようにたずねた。
「それにしても、私にも教えてもらえなかったんですけど、あのエコバッグに入れた小冊子って何?」
聞かれた鈴川さんは、スッと無表情になって言った。
「とにかく、やばい人だと思われるようなものを入れておこうと思いまして。あれは自作の売れ残りです。ちょっと特殊性癖を出しすぎてイベントで同担にすら引かれ、同担からの炎上を受けたほどのものなので……」
「自作……売れ……?何?自分で本作ってるんですか?今度読ませてくださいよ」
雪華さんが、無邪気に言うと、鈴川さんは死んだような目をして、「まだダメです。まだ私達はそこまでの関係ではありません」と言って断った。
「えー、いいじゃないですかー」
「雪華さん、ダメと言っているものにあまり踏み込むものではないわ」
私は雪華さんを優しくなだめる。
弁当を食べ終えてアクリルキーホルダーの開封の儀を行った。
「ヤァだっっ!」
開けた瞬間鈴川さんが小さく悲鳴を上げた。私の買ったキーホルダーの柄は、春元だった。
「わぁ!私、春元欲しかったのに全然出なくて!!」
「交換の約束よね」
私はそう言って鈴川さんに差し出した。
「きゃあ!!やったぁ。松竜、春元が来てくれたよ!これでようやく一緒になれるねっ」
鈴川さんは自分のキーホルダーをカバンから出しながらキャッキャと一人はしゃいでいた。
「何交換してくれるの?」
「どれでも!どれでもいいです!あ、神田さん松竜好きですよね?松竜私2個あるのでご遠慮なさらずに」
鈴川さんは数個のキーホルダーを広げてみせた。
「やっぱり松竜ですか?」
「ううん、これ」
私は主人公のキーホルダーを選んだ。
「あ、王道に主役にします?」
「うん、あの、笑わないでよ」
「何がです?」
私はもじもじと言った。
「主演の陣野秋吉、ちょっと夫に似てると思うのよ」
私が恥ずかしそうに言うと、雪華さんと鈴川さんは顔を見合わせた。
「うー……似て……うーん、まあ似てますかね」
「うんうん、似てる似てる。まあ、目とか鼻の数とか同じですし」
バカにされてる……。別にいいわよ。
ちょっと不貞腐れた私に、雪華さんは笑って言った。
「やっぱり、星川良馬より、松竜より、美香さんとっては旦那様が一番なんですね」
「そりゃそうよ」
私は顔を赤くしながら開き直るように言った。
「それはそうと、映画どうでした?あのときちょっとゴタゴタして感想聞けなかったですけど」
雪華さんがたずねると、私は思わず鈴川さんと顔を合わせた。
「楽しかった。とっっっっても」
私は満面の笑みで答えた。そして私と鈴川さんでまくしたてるように話しだした。
「さすがにあの量のストーリーを二時間にまとめるのは無理だったわよね」
「わかります。そこカットする?みたいなの結構ありましたよね。春元のアルミホイルみたいな服のエピソード全然やらなくて、ただアルミホイルみたいな服着てるバカみたいになってるのは許せなかったです」
「あと、全体的にCGに頼りすぎよね。別に魔法使ってるんじゃなくて肉体で戦ってんのに。不自然すぎる」
「わかります!あと、不必要に恋愛部分長くやり過ぎ。あとギャグ部分が白ける」
「そう!」
「あーのー……ちょっとごめんなさい?」
恐る恐るといったように、雪華さんが私達の会話に入ってきた。
「もしかして、不評だったんですか?」
「クソ映画だと思ってる」
「ええ……なんでそんな笑顔でクソなんて……」
あら、そんなに笑顔だったかしら?
「でも、楽しかったのは本当だから」
私は慌てて言った。あんなに頑張って私を映画に連れて行ってくれた人の前でクソ映画は言い過ぎだったわ。
しかし私の心配をよそに、雪華さんはホッと息を吐いた。
「良かった」
「え?」
「いや、なんか迫力だけはすごかったけどイマイチよくわかんない映画だったなぁって、正直思ってたんですけど、私だけじゃ無かったんですね」
雪華さんはニコニコで言った。
「だって美香さん、上映中なぜか泣くシーンでも無いのに号泣してるし、映画終わってもボーッとして席立たないし、すっごい感動してるんだと思って、あれ?面白くないとか思ってるの私だけかなって思って言いづらかったんです」
「すっごい感動してたわ。映画に久しぶりに来れたこととか、カッコイイ、とか。ただ、内容がクソだっただけ」
私は言い訳するように言った。
「だったらどうします?『続編』ありますけど」
雪華さんはニヤリと笑った。
「行くに決まってるじゃない」
私は即答した。
「だから、大変だけど、その時にはまたよろしくお願いします」
私は二人に丁寧に頭を下げた。二人はクスクス笑って言った。
「もちろんですよ。新しい作戦考えるのも楽しみですね」
「それにしても、味をしめてまた映画に行こうとするなんて、美香さんはなんて悪い女なんですかね」
雪華さんが意地悪そうに言う。そんなこと言ったってしょうがない。
「そうよ。私は映画を見に行く悪い女なんだから」
※※※※ END ※※※※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます