第12話 プロマイド

鈴川倫スズワカ リンと言います」

「事務の神田美香です」

「営業課の石川雪華です」

 鈴川さんは椅子に座ると丁寧に自己紹介をした。雪華さんの二つ先輩にあたるが、彼女に対しても敬語を崩さない。人見知りなのか先日の事があったせいか、少しおどおどしている。


「あのう……ところでさっき、見せてくれるっていうのは」

 私はソワソワと聞いた。鈴川さんはすぐに慌てて立ち上がった。

「鞄に入っているので、取りに、行ってきます!」

 そう言って、私達が止めるのも聞かず走って出ていった。

 そしてすぐに息を切らして戻ってきた。手には小さなアルバムのようなものが握られていた。

「私、前売り5枚買ったので、計15枚あります。全部で12種類らしいんですけど、さすがに被りもあって、全部コンプは無理でした」

「前売り5枚……?」

 戸惑いの声を発する雪華さんの声は聞こえなかったようで、鈴川さんはアルバムを開いた。

「どうぞご覧ください」

「拝見します」

 私は恭しく受け取った。

 キレイに並んだプロマイド。ちょっとコスプレ感が強いけど全体的になかなかカッコいい。


 そしてとうとう私は、星川良馬演じる松竜のプロマイドと対面を果たした。


 ――っかっっこいい


「えっ、美香さん?何で泣いてるんですか?」

 雪華さんの焦ったような声を聞いて、私は自分が泣いているのに気づいた。

「やだ。何で泣いてるのかしら」

 急いで涙をハンカチで拭う。

 そんな私を、鈴川さんがなぜか慈愛に満ちた目で見ていた。

「分かります。わたしも見た瞬間拝みましたから」

「映画楽しみだったけど、正直、結局実写なんて原作には敵わないしって気持ちもあったことは否めないわ。でも、こうしてみると……居るわ。松竜が、良馬くんの顔で、存在している……」

「分かります。私も正直、人間なんかに松竜が演じられる訳が無いって思ってました。でも、これ見たら、存在していましたよね……」

 鈴川さんもうっとりと言った。

 雪華さんは私達の感激についていけないようで、始終首を傾げていた。

「うーんっと、この全身銀色のアルミホイルみたいな衣装の人は、この衣装で正解ですか?凄く学芸会っぽいですけど」

 雪華さんは、松竜の隣に収納されているプロマイドを指さしてたずねた。

「それは仕方ないのです!」

 鈴川さんが突然強い口調になって雪華さんに詰め寄るように言った。

「この子は春元ハルモトと言って、松竜の弟的存在なんだけど、元々作中でもアルミホイルみたいな服って描写されていて、このバカみたいな銀色の服が後々主人公達を救う伏線になって………」

 ハッとそこで鈴川さんが、やばい、といった顔になった。

「ご、ごめんなさい。急に強い口調になって語ってしまって……更にネタバレ的な事を言ってしまうなんて……こんなの、万死に値する……」

「いや、全然大丈夫ですから。気にしないで下さい」

 雪華さんは慌てて言った。

「そうか、鈴川さんはその、春元ってキャラが好きなんですね」

「あ、そうです。でも正確には、松竜と春元が好きで」

 そう言いながら、鈴川さんはそっと耳を触った。鈴川さんの左耳には緑の、右耳にはシルバーの、色違いのピアスが光っていた。


「そういえば、前売り5枚買ったって、誰か友達と見に行くんですか?」

 雪華さんが何気なくそう言うと、鈴川さんはバツが悪そうに答えた。

「いやあ…上限が5枚だったので5枚買ったんですけど、正直一緒に行く友達もいないんで。よかったらリピートで一人で5回見に行ってもいいんですけど、正直なところ、実写映画自体にそこまでの期待は無くて……」

 そこまで言って、ハッと鈴川さんは顔を上げて、私の顔を見つめて口を抑えた。

「ご、ごめんなさい。私ったらファンの前で水をさすような事を……私はいつも余計なことばかり……」

「だ、大丈夫だから気にしないで」

 落ち込む鈴川さんを宥めていると、鈴川さんはふと思いついたように言った。

「そういえばお二人、まだ券を買ってないんですよね?良ければ……買い取って頂けたりなんかしないですかね?」

「えっ。いいの?前売りって、普通で買うより少し安いわよね?」

 私は願ったり叶ったりの申し出に目を輝かせた。

「やったじゃないですか。予算が少し浮きますね。ジュース代くらい捻出できますよ」

 雪華さんも私をポンポンと叩きながら喜んだ。

 そんな私達の様子を、鈴川さんは「そんなに金欠だったんですか」と同情した顔で見ていた。


「そうだ、これも何かのご縁です。神田さん、松竜のプロマイド被って2枚あるので、よかったら貰って頂けませんか?」

「ええ!?そんな申し訳ないわ」

 突然の申し出に、私は体が震えた。

「迷惑でなければ……。私は狙っていた松竜と春元のツーショットが手に入ったので大満足ですし……」

 鈴川さんはおずおずと私に1枚差し出した。

 私はそれを手に取ろうとして、そしてすぐに、思い直して首を振った。

「ありがとう。お気持ちだけで十分だわ」

「そうですか?」

「持って帰れないのよ。見つかったら大変なことになっちゃう」

 私の言葉に、鈴川さんは首を傾げた。

「もしかして、家族にオタバレ厳禁なんですか?」

「うーん、ま、そんなとこかな。見つかったら燃やされちゃうかもしれないし」

 何気なく言った私の言葉に、鈴川さんは目を剥いて立ち上がった。

「迫害されてるタイプですか!!」

「は、迫害?」

 鈴川さんの勢いに私は少し怯んだ。

「迫害ってほどでも……」

 しかし雪華さんはニヤリと笑っている。

「いや、そうなんですよ、迫害ですよ。迫害されている中、こっそり映画に行くプロジェクトを今進行中なんですよ」

「ちょっと雪華さん、面白がって変な言い方しないでくれる?」

 私は雪華さんを睨んだ。鈴川さんは真面目な顔のまま頷いている。

「なるほど!それは大変。私にできることがあったらいくらでも協力させてください!」

「あ、ありがとう」

 私は鈴川さんの勢いに押されて思わずお礼を行ってしまった。これって協力してもらう流れになってるわよね。

「とりあえず、連絡先交換しましょう」

「あー、でも」

 私は少し躊躇する。雪華さんには敦さんの事情を説明しているからいいけど、まだ鈴川さんには説明していない。そんな中で連絡先の交換はリスキー過ぎる。


「鈴川さん、私と交換してください。美香さんのうち迫害が厳しくて、少しでもオタを匂わせたらヤバいらしくて」

 雪華さんは気を使ってくれたらしく、そう言って鈴川さんにスマホを差し出した。

 ただ、迫害とか変な設定になっちゃってるけど。

「なるほど。確かに、私つい余計なこと言っちゃうタイプですし。じゃあ石川さんと連絡先交換しましょう」

 二人が連絡先を交換している間、私は再度プロマイドを眺めていた。

 いいなぁ。かっこいいなぁ。

 さっき思わず断ってしまったけど、やっぱり貰えばよかったかしら。家に持って帰らなくても、会社に置いて置くことだって出来たんだから。


 私は、二人に聴こえないように大きなため息をついた。







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