第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(一)

 まばゆい光に包まれたまま、俺たちを乗せたハコスカは次元を超えた。それは、まるで脳味噌をムリヤリ強引にひっくり返されるような不思議な体験だった。

 やがて光は消え失せ、気がつくと車は見たことのない荒野を爆走していた。


「竜司! ブレーキ!」


キキィィィィーーーーーーーーッ!


 助手席の小虎の声に、俺はあわててブレーキペダルを踏んだ。それでもなお減速が足りないと感じた俺は、サイドブレーキを思いっきり引っ張った。かつての首都高バトルのとき、エルミヤさんが偶然使ったドリフトテクニックだったが、今回も奇跡的にうまくいったようだ。キレイな弧を描いて後輪を滑らせたハコスカは、もうほんの数センチで崖下に落ちるという直前で停まることができた。


「みんな、大丈夫か?」


「……うんまあ、ちょっと危なかったけど、なんとかね」

「やるなあ竜ちゃん! ドリフトが板についてきたやん」

「アンタ、次やったら道交法違反でしょっぴくっスよ?」


 三人にケガがなかったことを確認した俺は、妖精のレベリルにたずねた。


「レベリル、ここは『ドラゴンファンタジスタ』の世界なのか?」


「うん、次元転移魔法リディメンションは間違いなく成功したわよ。あー、この風、この空気! 何十年ぶりかしら? 帰ってきたってカンジ! やっぱり元の世界はいいわねえ」


 すると、ダッシュボードに備え付けられたカーナビから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「――――竜司、聞こえるか? 竜司?」

「伍道か? ああ、バッチリ聞こえるぜ」


 画像はノイズが多く、不鮮明なままだったが、その声は紛れもなく雷門伍道だった。ヤツの言ったとおり、この機械は現実とゲームという次元を超えて話すことができるらしい。いったい、どういう仕組みになっているのかは俺には一生理解できないだろうが。


「どうやら、無事に向こうに着いたようだな。こちらのゲーム画面でも、お前たちが『ドラファン』に存在していることが確認できている」


「竜司さん、ゆたかです。みなさん、ホントに『ドラファン』の世界にいるんですね! すごいです!」


 ゆたかちゃんも、伍道のそばにいるようだ。彼女にとっては、ここはまさに憧れの「剣と魔法の世界」である。彼女だけ置いてけぼりというのは、少し酷だったか。


「それで、これからどうするんだ?」


「まずは、自分たちのステータスを確認だな」

「ステータスってなんスか?」


「お前さんたちは、いわば『ドラゴンファンタジスタ』のプレイヤーキャラクターだ。このゲームでは、それぞれ固有の性能や状態を確認することができるのさ。悪いがレベリル、頼むぜ」


「はいはい、私の専門分野よ。まずは、勇者リュージさんからね」

 レベリルが軽く呪文を詠唱すると、俺のすぐ横の空間になにやら板状のものが表示された。これが、ステータスを確認することができるボードらしい。やはり、ここはまぎれもなくゲームの中の世界なのだ。


【名前】リュージ/レベル五十

【種族】人間ヒューマン

職業ジョブ】伝説の勇者

【魔法】なし

【装備】長ドス(二尺五寸)

特性スキル】不明


「おお、ホントに『伝説の勇者』になってるぜ。レベル五十ってのは、つええのか?」

「もっちろん! かなーりつええわよ。まさに『伝説級レジェンド』クラスね」

「魔法は……なしと。なあ、この特性スキルってのはなんだ?」

「高レベルのプレイヤーキャラには、固有の特殊能力が付与されることがあるの。アナタの場合、ざんねんながら今のところ、私にもよくわかんないわ」

「ふーん。ひょっとして竜司、ものすごい『伝説の勇者』っぽい能力持ってるんじゃない?」

「っかー! じらすっスねえ、グンバリュージ!」


 俺は長年、ともに修羅場をくぐり抜けてきた、二尺五寸の長ドスの刀身を抜きながらポーズを決めてみた。昇り竜を背負った伝説の勇者か。ふん、悪くない。



「続いて、作業服ツナギのグラマーなお姉さんね」


【名前】チマキ/レベル二十

【種族】人間ヒューマン

職業ジョブ治癒師ヒーラー

【魔法】治癒魔法ヒーリング修理魔法リペアー

【装備】親父譲りの工具ツール

特性スキル】燃料無限


「えー、職業ジョブは『治癒師ヒーラー』やって。ウチ、自動車整備士なんやけど」

「この世界にはこんな乗り物はないから、しょうがないわね。アナタには、仲間と機械両方のダメージを回復させる魔法があるわよ」

「燃料無限っていう特性スキルはなんなんスか?」

「あなたが乗ってれば、補給しなくてもずっとこの車を走らせ続けることができるみたいね」

「ほう、そいつは便利だなチマキ」

「せやな! こっちにはガソリンスタンドもないやろうし」


 これからどんな戦いが待ち受けているかわからないが、なんでも「なおす」能力を持った者が仲間にいれば安心だ。それが、チマキのような若きベテランならなおさらである。



「えっとそれから、そっちのカッコイイ制服のお姉さんは……」


【名前】オガタ/レベル二十三

【種族】人間ヒューマン

職業ジョブ銃砲士ガンナー

【魔法】凍結魔法フリージング手錠捕縛魔法ハンドカフバインド

【装備】ニューナンブM60、凍結の警笛ホイッスル手錠ハンドカフ

特性スキル】弾数無限


銃砲士ガンナー……。どうやら、この拳銃ピストルに特化した職業ジョブみたいっスね」

「アナタの装備品の警笛ホイッスルは敵の動きを止めたり、手錠ハンドカフで捕まえちゃうこともできる魔法が使えるみたい」

特性スキルが弾数無限ってことは……撃ちまくりっスか!」

「すごいやん! 空飛ぶドラゴン相手には、うってつけやな!」

「でも、できれば名前は『オガタ』じゃなくて『ヒマワリ』がよかったっス……」


 オガタの拳銃の腕前は未知数だが、警察学校ではトップの成績だったというし、攻撃力はかなり期待できそうだ。なによりも正義感が強く、飛びぬけて明るいこの性格が心強い。



「最後に、そちらのお嬢さんよ」


【名前】コトラ/レベル三十八

【種族】半獣人ビースト

職業ジョブ魔獣拳士ビーストファイター

【魔法】高速魔法ハイスピード突撃魔法チャージング

【装備】切り裂きの爪✕2

特性スキル】複数回攻撃


「おおっ、レベル三十八やって! 小虎ちゃん、さすが空手の達人やで!」

「ところで、なに? この魔獣拳士ビーストファイターって職業ジョブ?」

「おい、お嬢! よく見るとお前の頭、なんかの動物の耳が生えてるぞ」

「ホント! どうやら、アナタだけトラの半獣人に転生しちゃってるみたいね。でも複数回攻撃の特性スキル持ちの上に、物理攻撃に特化した補助魔法も使えるから、実戦ではかなりの戦力よ」

「期待してるっス!」

「えへへ……ねえ竜司、これからは語尾に『にゃん』とか付けといたほうがいいかな?」


 頭にトラ耳を生やした半獣人・小虎は、人間離れした体力と攻撃力を誇る究極のファイターである。そして、彼女の両腕に装着された鋭い格闘武器は、まさに「鬼に金棒」ならぬ「虎に鉤爪」だ。



「とまあ、こんなとこね。ん-、なかなかバランスのいいパーティーじゃない?」

 レベリルはステータスボードを見比べながら、うんうんとうなずいた。妖精さんに褒められるとは、我ながらまんざらでもない。俺は意気揚々と、カーナビの向こうの伍道に話しかけた。


「それで伍道、つぎはなんだ?」


「そうだな。さっそくドラゴンの巣窟・ノースコアに突撃! と言いたいとこだが……竜司、ちょいと悪い知らせがある」


「どうした?」



敵の襲来エンカウンターだ」




続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る