第三話 ハラが減っては魔法が使えぬ(四)

「レディース・エーン・ジェンルゥメーン! エーン・おとっつあーんおっかさーん! エーン・じっちゃんばっちゃーん!」


 会場を埋め尽くしたお客を前に、往年のトニー谷ばりのかけ声をぶち上げたのは、針棒組の社員(組員)にして、俺の舎弟の一人でもある「タカ」こと高橋たかはし貴志たかし。元々は芸人くずれのため舞台度胸には定評があるが、即席の司会業もなかなか堂にったものである。


 ここは、スーパー安か郎の駐車場。本日のイベントのために、急ごしらえで設置したステージだ。そして、そのイベントというのが――



「ホットドッグ大食いコンテスト、だと?」


「はい、そうですリュージさま!」


 話は、今から三日前にさかのぼる。スーパー安か郎からの帰り道、俺の運転する車内でのことだ。


「私、ロールパン見てて思ったんです。あれにソーセージをはさんでホットドッグにして、お客さんをいっぱい集めて、どれだけたくさん食べられるかという競争をやったらいいのではないかって」


「うーん、そうか。なるほどな……」

 俺はエルミヤさんのアイデアを聞いて、しばし考えこんだ。たしかに、ゆたかちゃんが誤発注した四百本のロールパンを手っ取り早くまとめて処理するには、大人数で食ってしまうのが早道だ。ホットドッグなら、温めたソーセージをはさむだけで大した手間もない。


「だが、たしかパンの消費期限はあと五日って言ってたよな。もうたいして日数もないが、本当にそんなイベントが開催できるのか?」


「まずは、店長さまからのお許しを得る必要がありますけど、お店の知名度を上げるお祭りだと言えば、きっと快く応じていただけるかと。あとは、針棒組のみなさんにもご協力いただければ――」


「なあ、エルミヤさん。そもそも、俺たちがそこまで力を貸してやる必要があるのかい?」

 俺の言葉に、彼女は力を込めてこう返した。


「リュージさま! これは『人助け』ですよ。こうして困った人をどんどん助けることで、伝説の勇者としての『大願成就』へとつながっていくんです!」


 人助け、か。俺とエルミヤさんの間の奇妙な呪縛を解くためには、とにかくなんでもやってみないことにははじまらないということか。俺はため息をつきながら、彼女に言った。



「……しゃあねえ。まあ、やれるとこまでやってみるか」


「はい! がんばりましょう!」


「ちなみに、このアイデアどこで思いついた?」


「あ、海外の動画サイトです」


 だろうな。俺は思わず笑みを浮かべながら、愛車ハコスカをマンションの駐車場に滑り込ませた。




 次の日からのエルミヤさんの動きといったら、とにかく俊敏だった。


 安岩店長からの了承を早々に取りつけると、針棒組の若い衆らにイベント会場の設営を発注。お祭り気分を盛り上げるため、組とつながりの深いテキ屋連中に声をかけ、屋台を出す準備も着々と進めていった。


「ところで、告知はどうするんだ? 参加者が集まらないと、そもそもイベントなんかできねえぞ」

 俺は、事務所のデスクで何やら作業中のエルミヤさんに声をかけた。彼女は、パソコンの画面を俺に見せながら説明してくれた。


「私、さっそく大会のホームページを作成しました! すでにいろんなSNSでもじゃんじゃん発信して、エントリーの受付も開始しています」

 いつの間にかパソコンやネットを使いこなしているエルミヤさんに、俺は驚きを隠せなかった。


「ほう、早えぇな。だが、本当に応募が来るのか?」


「みなさんからの反応は悪くないですよ。なんといっても、賞金も出ますし」


「賞金だって? ちょ待てよ、俺はなんも聞いてねえぞ!」

 寝耳に水の話に、俺は思わず声を上げた。


「せっかくですし、そのほうがきっと盛り上がりますから」


「で、金額はいくらなんだ」


「優勝賞金は三十万円です」


「さ、三十万?」

 いったいだれが出すんだ、そんな金。


「リュージさま、ご心配なく。私も出場しますので」


「なんだって? エルミヤさんが?」


「はい! 私、動画で観て、大食い大会っていうものに一度出てみたかったんです! 私が優勝すれば、賞金をお支払いする必要もありませんものね」


 そう言ってエルミヤさんは、パソコン作業に戻った。まあ、たしかにこの娘のふだんの食いっぷりなら、勝てる相手はそうそういないかもしれないが……。




 そして瞬く間に三日が過ぎ、ホットドッグ大食いコンテストの開催当日を迎えた。


 天気が心配だったが、幸いにもよく晴れて、暑くも寒くもない日曜日の午後一時。イベントの周知にほとんど日数をかけられなかったにもかかわらず、スーパー安か郎の駐車場は来場者で満員御礼だった。


「竜司さん、エルミヤさん! 今日はホントにありがとうございます! おかげさまで大盛況よ!」


「おお、店長。今日はよろしく頼むぜ!」

「よろしくお願いいたします、店長さま」

 俺たちは、声をかけてきた安岩店長に返事をした。


「それで、今日の大食い大会の参加者だけど……どうなのかしら?」

「はい。予選参加者は四十名です」

「四十人か。ずいぶん集まったな」

「やっぱり、賞金が出るのが大きかったみたいですね。ちなみに、参加料は一人千円です」

「なんだって? エルミヤさん、参加者から金取ってんのか?」

 この件についても、俺は初耳だった。


「ええ。参加する限りは、それなりに本気を出していただかないと。なにしろ今回の目的は、みなさまにロールパンを食べていただくことですので。あ、もちろん、このお金はすべて主催者である店長さまにお渡しします」


「まあ、その件については了解したわ。それで、準備の方はどうかしら?」


「屋台の方に手伝っていただいて、ホットドッグのソーセージは鉄板で温めてもらっています。いつでも開始できますよ!」


「OK、わかったわ。それじゃ、さっそくはじめましょう!」

 店長はそう言って、ステージの方へと向かっていった。



「……あの、竜司さん、エルミヤさん」


「おう、ゆたかちゃん」

「お疲れさまです、ゆたかさん!」

 続いて、イベント運営に駆り出されていた前園ゆたかちゃんが姿を見せた。相変わらずいつもの明るい笑顔はなく、どこか神妙な顔つきをしていたが。


「今日は、こんなに盛大なイベントを準備していただいて、本当にありがとうございました。元はと言えば、私の発注ミスのせいで――」


「まだ、礼を言うのは早いぜ。まずは、この大食い大会をきっちり終わらせないとな」

「そうですよゆたかさん、お互い、しっかりがんばりましょうね!」


「は、はい、わかりましたエルミヤさん!」

 手と手を取り合い、励ましの言葉をかけてくるエルミヤさんに、大きくうなずくゆたかちゃんだった。




 そして、いよいよ本選に挑む参加者を選抜する予選がはじまった。


 予選を勝ち抜くには、十分以内にホットドッグ五本を食べきることが条件だ。本選に進めるのは十名。それ以上食べきった者がいた場合は、食べ終わった時間が早かった順番となる。

 なお、時間内に食うことができなかった参加者のホットドッグについては、各自お持ち帰りいただくとのこと。


 ホットドッグ早食いの予選に列をなす参加者たちは、司会のタカの指示でつぎつぎと壇上に上がっていく。だが、その中に不穏な人物を約一名、俺は発見してしまった。



「あーっ! 軍馬竜司グンバリュージ! こんなところで何してるっスか!」


「それはこっちのセリフだオガタ! お前、こんなイベントに警官の制服で出てきていいのかよ?」

 そこにいたのは、お騒がせ巡査・尾形おがた向日葵ひまわりだった。


「ふふん、ご心配にはおよばないっス。今日は非番っス!」

 そう言って俺の前に突き出したオガタの二の腕には、でっかく「非番!」と書かれた腕章が巻かれていた。


「くっ、オガタ。……まさか、予選はもう?」


「ちょろいっスね。ホットドッグ五本なんて、あーっという間に食べちゃったっス♪」

 そう言いながら、手のひらで自分の腹をポンポンと叩くオガタ。これが馬鹿の大食いというやつか。


「この調子で、優勝はいただきっス! 賞金三十万円は、結婚資金に積み立てるっス!」

 そう宣言すると、オガタは意気揚々と予選ステージを降りていった。



「強力なライバル出現ですね、リュージさま」


「ああ。だがもう一人、すげえのがいるぜ?」

 俺はそう言って、予選参加者の列を指さした。




続く


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