第三話 ハラが減っては魔法が使えぬ(五)
「おーっと、ここで最強の挑戦者の登場だ! どうぞ会場のみなさま、割れんばかりの拍手でお迎えください。バニー・シラーカーバァー!」
司会者を務めるタカの紹介で、観客からひときわ大きな歓声と拍手が沸き上がる。壇上に現れたのは、身長百八十センチ、体重百キロという超重量級の女だった。
「リュージさま、すっごく大きくて強そうな人が出てきましたよ! あの人は?」
「ありゃ、フードファイターの『バニー
バニー白樺、本名・
「つーか、バリバリ現役のプロじゃねえか! どうしてあんな奴の参加を認めたんだ?」
「えっ? この大会って、プロの方は出場してはいけなかったんですか? それは知りませんでした」
エルミヤさんの言葉を聞いて、俺は頭を抱えずにはいられなかった。あんな本職に乱入されたら、素人向けの大食い大会なんてあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
「なんてこった。賞金三十万、取られちまうぜ……」
バニー白樺が予選に挑む姿を見守るも、まさに圧巻。この予選は、参加者が十人ひと組となって同時に食べはじめるのだが、彼女が五本のホットドッグを平らげるのに、ものの二分もかからなかったのだ。もちろん、断トツの予選通過タイムである。
「私におまかせください、リュージさま。バニー白樺さん、相手にとって不足なしです!」
そう言うとエルミヤさんは、このホットドッグ大食いコンテストの最後の予選参加者として、意気揚々とステージへと向かった。彼女のこの自信は、いったいどこからやって来るのか。
「……お、おい、ちょっと待てよ!」
エルミヤさんとの距離が三・五メートルに達してしまうと、俺の左腕と彼女の首の間に「隷属の鎖」が出現してしまい、大変な騒ぎになる。俺は、あわててエルミヤさんの後ろを追いかけていった。
ステージ上には、大食いに参加する選手たちのための長テーブルや椅子のほか、バックを隠す壁のように大きな板が
俺は衝立を挟んで、表にいるエルミヤさんの背後に立つことで、ステージに姿を現すことなく、彼女の傍にいることができた。コンテストの様子をこの目で見られなくなるが、この際それは仕方がない。
「それでは、予選最後のグループとなります。――こちらのお嬢さん、お名前は?」
壇上の一人ひとりに声をかけてきたタカが、エルミヤさんにも同様の質問をする。
「エルミヤと申します! 異世界から来た、由緒正しいエルフの魔導師です」
「なるほど、そういう設定なんですか。すばらしい出来のコスプレですね!」
「コスプレって?」
「はいっ、それでは挑戦していただきましょう。みなさん、用意はいいですか? ――レディー、ゴー!」
エルミヤさんの話を適当に切り上げ、さっさとイベントの進行を優先するタカ。観客はエルミヤさんのことを、ふつうに魔女コスプレの女だと思っていることだろう。タカ、グッジョブ。
「あのぅ、コスプレって?」
かくして、エルミヤさんを加えた最後のグループの予選がはじまった。
十分間でホットドッグを五本食べきるというのは、なんでもないことのようだが意外とハードだ。ウソだと思うなら、まあ試しに食べてみるといい。
最初の一、二本はさほどでもないが、その後は咀嚼のスピードがグッと落ちる。そして、急にパンが喉を通らなくなる。同じものを何個も食べるというのは、単純に飽きてしまうのだ。
今回の四十名の参加者も、各自それなりに自信をもって挑戦したのであろうが、制限時間内に五本を完食できたのはギリギリ十名のみという結果であった。
コンコン、と衝立を叩く音がしたので耳を近づけてみると、エルミヤさんの声がした。
「リュージさま。私、予選通過しましたよ!」
「そりゃよかったな。ホットドッグは
「ええ、とっても! 最後まで、
早食い競争で味わって食っている場合じゃないが、本人が喜んでいるなら良しとしよう。
「さて引き続き、ホットドッグ大食いコンテストの本戦へと移りたいと思います! これまでの予選通過者の方々も、そのままステージにお上がりください」
マイクを通して、司会のタカの声が聞こえてくる。なんだ、予選との間の休憩時間もナシかよ、と思って俺はふと腕時計を見た。
やはり、思った以上にイベントのタイムスケジュールが押している。どうやらタカは安岩店長と話し合った結果、少しでも進行を早めるようにと指示されたらしい。
「エルミヤさん、腹の調子は大丈夫か?」
俺は衝立のわずかな隙間を見つけて、そこからステージ上のエルミヤさんに声をかけた。彼女は、最後のグループで予選を勝ち抜いたばかり。どうしても不利だ。
「はい、なんとか。がんばります!」
ステージには、先に予選を終えたオガタたち予選通過者も姿を現した。だが、もっとも盛大な喝采を浴びたのは、なんといってもバニー白樺である。やはり、メディアで名が知られた有名人というのは強い。
かくして、十名の
それにしても、今回の出場条件に性別の制限はなかったはずだが、予選を通過したのはどうやら全員が女性らしい。まあ、たまたまかもしれないが。
「それでは、本戦のルールをご説明いたします。制限時間は三十分。予選通過者の方々には、ただひたすらにホットドッグを食べに食べに食べていただき、時間内に一本でも多く食べた選手が優勝となります!」
そのときステージ上に、山のように積み上げられたホットドッグが運ばれてきた。選手たちは紙皿一枚に一本ずつ載せられたホットドッグを食べ、食べ終わったら手を上げると次の皿が目の前に運ばれてくる。こうして、一番多くの紙皿を積み上げた者が勝者ということだ。
「さあ、すべての用意が整いました。いよいよ泣いても笑っても本日最後の戦い、三十分一本勝負。――レディー、ゴーッ!」
タカの号令とともに、選手たちは一斉に目の前のホットドッグに手を伸ばす。
こうして、大食いコンテスト本選の幕が切って落とされた。
ステージの裏で戦況を聞き入っている俺は、ふと思い立って、スマホで「バニー白樺」のことを検索してみた。フードファイターとしての彼女の経歴や戦績がわかるかもしれない。
すると、俺の目に想像以上の記述が飛び込んできた。
《――とくにホットドッグを得意とする。本場アメリカでも、歴史あるホットドッグ大食い大会に出場した経験があり、三十分間で最高四十五本を食べた記録を持つ》
「さ、三十分で四十五本だと?」
どうやらこの大食い大会は、とんでもないモンスターを引き入れてしまったようだ。俺はあらためて、優勝賞金の三十万円を用立てる算段を考えはじめていた。
続く
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