第三話 ハラが減っては魔法が使えぬ(六)

 スーパー安か郎主催による「ホットドッグ大食いコンテスト」。その本戦は、予選以上に熾烈かつ過酷なものとなった。


 本戦の制限時間は三十分だが、開始からわずか十分経過の時点で、じつに半数の決勝出場者ファイナリストがギブアップを宣言したのである。

 それぞれが予選の段階ですでに五本を完食しており、いかな大食い自慢の者であってもさらに追加で食べられるのはせいぜい五、六本といったところであった。



 そして、スタートから十五分。残りタイムがちょうど半分となった時点で、新たにリタイアする選手が出た。


「こ、これ以上は……ムリっス……無念っス」


 その言葉を最後に、オガタこと尾形おがた向日葵ひまわり巡査があおむけにぶっ倒れた。記録は二十一本。素人にしては、かなりがんばった方だと言えるだろう。


「はぁ……。帰ったら、また始末書だわ……」


 ぐったりと伸びたオガタの体を抱えて、彼女の教育係である嶋村しまむら紗矢香さやかが決勝ステージを後にした。非番のときまで後輩の面倒を見なければならない嶋村に、俺は同情せずにはいられなかった。



 いよいよ観客たちの視線の集まる先は、二人の選手の対決に絞られてきた。もちろん、優勝候補筆頭であるフードファイター・バニー白樺しらかばと、丸メガネをかけたエルフの魔女・エルミヤさんである。


 その激闘はすさまじく、この時点ですでに二人とも、オガタの倍近くの皿を目の前に積み上げているのだ。驚いたことに、三十分で四十五本を平らげた記録を持つバニー白樺に、エルミヤさんはまったく引けを取っていない。


「おい、大丈夫か? エルミヤさん!」

 衝立の裏にあたる彼女の真後ろの位置から、俺はエルミヤさんにそっと声をかけた。


「ふぁい、らんとか、らいじょうぶ、れす」

 エルミヤさんは、口の中いっぱいにほおばったホットドッグを咀嚼しながら、息もたえだえに答えた。



「おおーっとここで、バニー白樺選手が立ち上がった! ついにあの必殺技が見られるのか――?」


 司会を担当する、タカの実況アナウンスが会場に響き渡った。残り時間五分を切ったこの時点で、どうやらバニー白樺は彼女の代名詞とも言える技を繰り出すつもりのようだ。


 バニー白樺はおもむろに席を立つと、両手を水平に広げて仁王立ちになった。そして、その場で回転しながら体を激しくブルブルと震わせはじめたのである。


「ウオオオオオオオオーーーーーーーーン!」


「で、出たァーーーーッ! バニー白樺の必殺・ローリングヴァイブレーション!」



「ローリンバイブ? ……リュージさま、なんですかこれ?」

「体を回転させて、その振動で食べた物を胃から腸へ押し出すんだそうだ。バニー白樺はこの技で、いろんな大食い大会を制してきているらしい」

 バニー白樺の行動を見て呆気にとられているエルミヤさんに、俺は検索サイトから知った情報を彼女に伝えた。


「なるほど、すごいですね! 私も、真似まねしてやってみましょうか?」

「いや、やめとけ。やり慣れてないと、逆に食った分を戻しちまうぞ」



 しかし、いよいよ本格的にヤバくなってきた。ここにきて、エルミヤさんがバニー白樺に引き離されて試合終了なんてことになれば、俺は三十万円の大赤字だ。


「エルミヤさん、大食いの魔法はねえのか?」

「そんなの、あるわけないじゃないですか!」


 一進一退の攻防を続ける、エルミヤさんとバニー白樺。迫りくるタイムアップ。最後のひと口のゆくえに、会場の盛り上がりは最高潮となった。

 そして――



「はい、そこまで! 試合時間終了です!」


 大会のスタッフたちが、ホットドッグが載せられていた紙皿をカウントしていく。それぞれの皿の裏には、マジックで数字が書き込まれていた。


「――四十四、四十五、四十六。エルミヤ選手は、四十六本を完食!」


「そして、バニー白樺選手は……四十七! 記録は四十七本だ! 優勝は、バニー・シラァー……」









「あのぅ、私……四十八本です」



 その時、一番端っこの席にいた少女が、おずおずと手を挙げた。この俺や司会のタカだけでなく、会場のほとんどが、壇上のその娘の存在に今はじめて気がついたようだった。


「えっ、あなたも参加してたんですか?」


「はい、一応」


 彼女は、自分の前に積み重ねられた紙皿の一番上を裏返して見せた。そこには、たしかに「四八」と書かれている。


「な、なんと、ここにきてまさかまさかの大・大・逆・転! 優勝したのは……えーっと、エントリーナンバー三〇番、マエゾノ・ユウ選手ゥーッ!」


 手元の参加者名簿を見ながら、タカが優勝者の名前を発表した。会場からは、彼女の大金星を讃える拍手と歓声が鳴り止むことはなかった。


「――ゆたかです」




「あなたの戦う姿も、横目でちゃんと見ていたわ。すばらしい食べっぷりね! 私の完敗よ」

 大柄で屈強な体格からは想像もできないほど、(バニーの愛称の由来でもある)カン高くて可愛らしい声で握手とハグを求めてきたバニー白樺。ゆたかちゃんは、はにかみながらも快く応じた。


「こちらこそ、ありがとうございます! バニーさん」


「うふっ、ゆたかさん、次はホットドッグの本場アメリカで勝負しましょうね!」


「あの、私行かないと思います、たぶん」




 そんな舞台上を尻目に、いきなりエルミヤさんはステージをダッシュで駆け下りていった。当然俺は衝立を蹴り倒しつつ、ふたたび左腕を鎖で引っ張られながら後をついて行くしかない。


「おい、いったいどこへ行くんだよ!」

「リュージさま、もう私、我慢が……」


 そう言いながらエルミヤさんは、会場の側にあった草むらの茂みに飛び込んだ。そして彼女は天を見上げると、声にならない金切り声を上げた。



 すると、次の瞬間である。何色もの炎と光の弾が、薄暗くなりかけていた頭上の空に、次から次へと打ち上がったのだ。


 どうやら、食べ過ぎのために体に蓄積された魔法の力を解き放つため、エルミヤさんは上空に向けて「火球魔法ファイアボール」と「焼夷弾魔法ファイアナパーム」と「誘導弾魔法マジックミサイル」の乱れ撃ちを行ったらしい(ちなみに、さっきの金切り声は、呪文詠唱の超早口バージョンだった)。


 期せずして打ち上がった突然の連発花火スターマインに、観客たちからどよめきと拍手が巻き起こった。

 タカはこれ幸いと、大会の締めの言葉を口にした。


「えー、以上を持ちまして『ホットドッグ大食いコンテスト』を終了いたします。みなさま、本日はご来場いただき誠にありがとうございました!」




「ふぅ……。おかげさまで、すっきりしました!」


 茂みの中から、爽やかな顔になってエルミヤさんが帰ってきた。溢れそうになっていた魔法力を、なんとかすべて消費し尽くしたらしい。


 そして俺たちは、優勝トロフィーを抱えた「本日の主役」に声をかけた。


「おう、出場してたんだなゆたかちゃん。優勝おめでとうよ! だがまさか、現役フードファイターに勝つほど大食いとは思わなかったぜ」


「もくもくと食べてたら、なんかどんどん食べれちゃったんですよね。私、集中してたら突っ走っちゃう性格で、ちょっと恥ずかしいんですけど……」


「で、優勝賞金なんだが……」


「いえ、とんでもないです! すべて私のミスでやっていただいたイベントなのに、お金なんていただけません!」


「そうかい?」

 個人的には、そう言ってもらえるとなにかと助かる。


ゆたかさん、おめでとうございます! すごくがんばりましたね!」

 エルミヤさんはそう言いながら、彼女と固く握手を交わした。


「はい! 大会前、エルミヤさんに『お互いしっかりがんばりましょう』って言われて、すごくやる気が出ちゃって……。竜司さんにも、いろいろとご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

 あれはそういう意味でもなかったようだが、まあ結果オーライか。


「そういえば、このところどこか元気がなかったのはどういうわけなんですか?」


「あ、じつは私オンラインゲームにめっちゃハマってて、最近ずっと寝不足で」


「ゲーム?」


「はい、『ドラゴンファンタジスタ』っていうんですけど。それでですね……」

 ゆたかちゃんは、エルミヤさんの手を握り直しながら、ぐっと顔を近づけて言った。


「エルミヤさん! 私、はじめてお会いした時からすごいコスプレだなあって思ってて。ファンタジーRPGに出てくるエルフの魔導師ウィザードに、見た目も雰囲気もそっくりそのままじゃないですか! その耳って付け耳なんですよね? もう、すっごくかわいいです! 衣装や装備も、造りや質感がとってもリアルですけど、全部自前で作ったんですか? じつは私、高校でゲームサークルに所属してて、できたら今度一緒に撮影イベントに、レイヤーとして参加してもらっても――」



 さらにその横から、今度は安岩やすいわ店長も顔を出してきた。


「ねえ竜司さん! 今回の大食い大会、大成功よ! 在庫のロールパンも無事全部はけたし、お店の宣伝にもなって一石二鳥! 何から何まで、本当にありがとうございました! それで、できたらなんだけどぉ……今回みたいな大食い大会と最後に見せてくれた花火、また来月もやってもらえないかしら? これから、スーパー安か郎の名物イベントにしたいのよ!」


 エルミヤさんと俺は、ゆたかちゃんと安岩店長の二人から双方向ステレオで繰り出される強烈なお願いアピールに、ただただ困惑するしかなかった。



「――ですから、コスプレってなんですか?」




第四話に続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る