第四話 ド・ド・ドリフト大爆走ッ!(二)
「ああ、本当は昨日取りに来るつもりだったんだが、遅くなっちまった」
「ううん、こっちは別にええねんけど……ん? その
「どうもはじめまして!
助手席から姿を見せたエルミヤさんは、いつもの笑顔で元気よく挨拶した。
「へぇ、エルミヤさんって言わはるの?」
「あー、この娘はな。ほら、俺んとこの事務所の
俺はここぞとばかりに、あらかじめ考えておいたエルミヤさんの偽プロフィールを語った。勝手に名前を出した伍道には悪いが、奴もわりとバタ臭い顔をしてるし、一応はもっともらしく聞こえるだろう。
「あーはいはい! 伍道さんって、舶来のスーツ着て
(別に、ホウキがなくても飛べますけど)
(うん、そいつはちょっと黙っとこうな)
「ていうか住み込み、ちゅうことは何? いま竜ちゃんと一緒に暮らしてんの? 大丈夫か、こんな若くて
「出すわけねえだろ」
「いつもリュージさまには、大変よくしていただいております」
「ふーん、そうなんや。まぁ困ったことあったら、なんでも言うてな! あ、ウチは――」
とその時、エルミヤさんは右手を挙げて、彼女の言葉を制した。
「あ、ごめんなさい。ちょっとよろしいでしょうか? 私、今日こそ
「ほーん、そういうことなん? でも、ウチの名前はかなりムズイでぇ? 外人さんに読めるかなぁ」
エルミヤさんは、彼女が胸ポケットから取り出した名刺を受け取り、まじまじと見つめた。
「ちょっとお待ちください……『
そう言って、申し訳なさそうに
「まあ、せやろな。日本人でもウチの名前、初見で読める人はまずおれへんわ」
「……あの、なんてお読みするんですか?」
「――それはな、『
「ちまき?」
背後からの、もう一人の関西弁ネイティブの登場に、エルミヤさんは少し困惑しながら振り返った。
「ほら、今ちょうど来よったんが、ウチにこの名前付けた張本人や」
「なにしろ五月五日、端午の節句生まれやったからな。男やとばっかり思てたから、女の子の名前はちぃとも考えてへんかったんや。しゃあないから、ちょうどその日
餅米の団子を笹の葉で巻いた
「
「ようお越し、エルミヤちゃん。ワシは
「ああ。車の
この「
歳は五十半ば、短く刈り込んだ頭には白いものも目立つが、見た目の通り寡黙で頑固な腕利きの職人である。ともに大阪から上京してきたカミさんには、十年ほど前に先立たれており、今は一人娘の
「おう、こっちや」
「これって、リュージさまのいつものお車ですよね! いつの間にか形が変わってたので、どうしてだろうとは思ってましたけど」
「あれは、代車のプリウスな。定期点検で、ここに預けてたんだ」
「そうだったんですか」
「で、どうだチマキ、とくに問題はなかったか?」
「うん、大丈夫やで。タイヤもエンジンも異常なし。オイルとエレメントだけ交換しといたわ」
「わかった。ご苦労だったな」
そんなやり取りを聞いて、エルミヤさんは不思議そうにたずねた。
「あの、もしかして
「は? そら、もちろんそうやん」
「っていうか、廃車寸前だった
「ええ~っ? 本当ですか?」
驚くエルミヤさんを前に、俺はチマキの肩をポンと叩いた。
日産スカイラインの三代目。その角ばった特徴的な外見から、俗に「ハコスカ」と称されるこのシルバーの4ドアセダンが発売されたのは、じつに一九六八年のことだ。俺が生まれるはるか前であり、
そんな骨董品のようなハコスカは、
その経緯については、かなり長くなるので割愛させてもらうが、一言でいえば
「だがな、さすがに半世紀前の
「それをウチが何年もかけて、少しずつ修理して改造して、ちゃんと走れるようにまでしたんや。内部構造の強度も
チマキは誇らしげにそこまで言うと、手にしたコップの麦茶を飲んだ。俺とエルミヤさんとチマキは、工場の隅に置かれたテーブルにつき、しばしの歓談中だ。なお
「すごいです!
「そういやチマキ、いくつになったんだっけ?」
「ウチ? 今年でちょうど
男勝りだが、さっぱりとしていて人付き合いのいい性格の
「ウチ、二歳のころからもう機械いじりしとったからな。せやから、こう見えても整備士としての実務経験は、十八年のベテランやねんでぇ」
「ヒマさえあれば、車の下に潜ってたからなあ。今は、そのデッカい胸がつっかえて邪魔なんじゃねえか?」
「もう! 何言うてんの? セクハラやで竜ちゃん!」
「
化粧っ気のない顔に、オイルで汚れた整備士のツナギ。長い黒髪は大雑把にポニーテールでまとめている。
だが彼女自身が持つ素材の良さは、俺も大いに認めるところだ。ボタンがはち切れんばかりのその豊かなふくらみも、もちろん彼女の魅力の一つと言える。
お転婆少女だったチマキは、俺の知らないうちに、本当に綺麗になった。
「――そしたら、これ車の
「ああ。それじゃチマキ、世話んなったな」
「失礼いたします、
俺たちは、チマキ入魂の作品である名車・ハコスカに乗り込むと、千石モータースを後にした。いつもと変わらぬエンジンの吹き上がり音に、俺は十分満足していた。
「どうだい、この音! やっぱいい車だろ? これ」
「あ、私はどちらかというと
続く
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