第四話 ド・ド・ドリフト大爆走ッ!(六)

「で、首都高に乗ったわけだが」

「はいっ!」


 現在、時計の針はちょうど深夜十二時を回ったところだ。俺は愛車ハコスカを首都高中央環状線(C2)の初台南インターチェンジの入口へと滑り込ませながら、いまや完全に定位置となった助手席に座っているエルミヤさんに話しかけた。


「なんだか、なし崩しに逝鳴いきなり賭市といちと勝負することになったけどよ。本当に大丈夫なのか?」

「ふぁい?」パリッ


「いや、勝算はあるのかってことだよ」

 いつものようにポテトチップスうすしお味の袋を開け、パリポリ食い出したエルミヤさんに、俺は少々イラっとしながら問いかけた。


「勝算なんて、めっそうもないですよ」

「ぁあ?」

 めっそうもない、という言葉が的確かどうかはともかく、俺は彼女の真意を測りかねていた。


「リュージさまの運転の腕前は、毎日おそばで拝見していればわかります。あんな口先だけの男に、負けるはずありません!」


 どうやら、まさかの無計画ノープランだった模様である。俺は深くため息を漏らすと、懐から一枚のカードを出してエルミヤさんに手渡した。

「わあ、きれいなカードですね! これはなんですか?」

「それはな、俺の運転免許証だ。ゴールドのな」

「ゴールド? たしかに、ここの部分が金色ですけど……」

「自慢じゃねえが俺はな、今の今まで無事故無違反。車の運転で、警察サツに捕まったことはただの一度もねえ優良ドライバーだ。ゴールド免許は、そのあかしってこった」


 それを聞いて、エルミヤさんは目を丸くして感嘆の声を上げた。

「すばらしいではないですか! つまり、リュージさまは運転がものすごくお上手ということですよね?」


「いや、ただ安全運転してるだけだ。スピード違反はおろか、法定速度以上を出したことすらないこの俺が、レース仕様の改造車カスタムカーと首都高で競争バトルして、勝てるわけねえだろうがよ」


「ええっと、それは……」


 素手の殴り合い、ドスの斬り合いならともかく、自動車の競争で勝負になるとはとても思えない。それにここは、深夜とはいえ首都高。普通に一般車も走っているのだ。万が一事故でも起こしたら、元も子もない。




「何言うてんねん、竜ちゃん! 弱気なこと言うてたらアカン!」


 その時、いきなり背後から響いた大声に、俺たちは驚いて振り向いた。

「チマキか?」

粽子ちまきさん、乗っていらっしゃったんですか?」


 それは、後ろの席にいた千石せんごく粽子ちまきだった。夕方の逝鳴とのやり取りの後、勝負の前に車を隅々まで整備したいと申し出た彼女は、わずかな時間で達吉つあんの手を借りることもなく、たった一人でそれをやり遂げていたのだった。

 だがまさかそのチマキが、精根尽き果ててボロギレのようになって後部座席で寝ていたとはまったく気づかなかった。


「当たり前や! この勝負、ウチと千石モータースの将来がかかってんねんで? 最後まで、見届ける責任があるんや」

 

 長い付き合いだが、この娘は昔から変わっていない。いつもまっすぐで、何事にも一生懸命だ。そして、任侠者の俺のような男を慕ってくれている。

 俺は勝負の前に、一言だけ彼女に尋ねることにした。


「チマキ、この車は万全か?」


「うん。バッチリ仕上げといたさかい、状態コンディション最高サイコーやで!」


「そうか……。じゃ、あとは俺たちに任せろ」


 俺の言葉を聞いて、チマキは張りつめていた表情をふっと緩めた。

「……竜ちゃん、エルミヤさん。おおきにありがとうな。あの時、二人が助けてくれへんかったらウチら、あの男に何もかも盗られてしまうとこやったわ」


 いつになく、しおらしく振舞うチマキ。もっとも、俺の覚悟はさっきの言葉でとうに決まっている。いままでにもそうしてきたように、彼女とハコスカを信じて、アクセルを踏むだけだ。


「大丈夫ですよ、粽子さん。なんといっても、リュージさまは『伝説の勇者さま』なんですから」


「デンセツのユーシャ?」




 その時、俺の携帯スマホの着信音が鳴った。俺は画面を操作して、通話をスピーカーモードに切り替えた。


針棒組ハリボーグミ軍馬グンバ竜司リュージさんよ、約束通り首都高に来たぜ。アンタのボロいハコスカのすぐ後ろだ」


 その軽薄な声の主は、今回の勝負の相手・逝鳴賭市だった。バックミラーに映っていたブルーの車体は、たしかに奴の三菱・ランサーエボリューションである。


「ああ、確認した」

「そいで、これからどうするんだい?」


 その声には、俺の代わりにエルミヤさんが答えた。

「コースの詳細については、先ほどメールでお伝えした通り。これから首都高をぐるりと一周するまでに、とにかく相手より先を走っていたほうの勝利です。もちろん、事故を起こしたり警察さんに逮捕されるなどして走行不能になったら、その時点で負けとなります。よろしいですね?」


「了解りょーかい。よぉくわかったぜ、魔女っ子ネエちゃん。だがよ、マジでそんなポンコツで俺に勝つつもりなのかい?」


「ポンコツとちゃうわ! アンタのしょーもないランエボなんか、竜ちゃんがぶっちぎったるで!」


「おや、整備士のネエちゃんもいたのかい。なあ竜司さんよ、くれぐれも事故だけは勘弁してくれよ? ケガでもされちゃ、風呂屋ソープとすときに商品価値が下がっちまうからなぁ。ま、手足の二、三本折れてたって、気にせず売っ払っちまうけどな」

 逝鳴は、ギャハハと下品な笑い声を上げた。どうやら奴は、よもやこの勝負に敗北するなどとは微塵も思っていない。


「いちいち気に障る男やなあ。竜ちゃん、頼むで!」

「ああ、わかった」


 俺は、助手席のエルミヤさんに向かってうなずいた。彼女も軽く目配せを返すと、携帯スマホの向こうの逝鳴賭市へと告げた。

「まもなくトンネルを出ます。その先の、大井ジャンクションが今回のスタートとゴール地点です。お二人とも、ご準備はよろしいですか?」


「おうよ!」

「行くぜ!」


 逝鳴のランエボが追い越し車線に入り、俺の右隣に並んだ。二台の車はトンネルの暗闇から飛び出すのと合図に、力いっぱいアクセルペダルを踏み込む。


 こうして、深夜の首都高を舞台にした、一周限りの果し合いレースバトルがはじまった。




続く


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