第六話 男ヤモメに花が咲いちゃう?(六)

「遅いっスよ、グンバリュージ! もう映画はじまっちゃうっス!」


 エルミヤさんの瞬間移動魔法テレポーテーションにより、無事六本木ヒルズの試写会場に着いた俺は、男性用トイレから出てきたところで、オガタこと尾形おがた向日葵ひまわりとバッタリ遭遇した。会場に向かう前に、鏡をのぞき込んで自分の歯を確認していたのだ。まさか、たこ焼きの青海苔をつけたまま映画を鑑賞するわけにもいくまい。


「おう、すまんなオガタ。……ってお前、オガタ、だよな?」


 俺は目の前にいるふくれっ面の女に、なんともトボけた返事をした。実のところ、警察官の制服姿でない彼女を見るのは初めてだった。

 ゆったりとした薄手のカーディガンを羽織り、首には控えめな白銀シルバーのネックレス。おまけに、普段のオガタからは想像もできないフリルのついたロングスカート履きである。

 これが凛として映えるのは、オガタが持つ生来の姿勢の良さと、抜群のプロポーションの為せる業だろう。


「はあ? 何言ってるっスか! そんなに……マジマジ見つめないでほしいっス。…………照れるっス」


 スカートの裾をギュッと握りしめ、うつむき加減のオガタ。その言葉通り、目は潤んで耳まで真っ赤だ。それにしても女というものは、服装ひとつでここまで変わるものか。


「いや、似合ってるよ。見違えたぜオガタ」


「もっ、もういいから、早く行くっスよ!」



 俺たちはスクリーンの真正面からやや外れた、少し後方の席に並んで座った。壇上では、これから上映される『ヤクザ・バラッド2』の監督や出演俳優たちが舞台挨拶を始めていた。


「なあ、オガタ」

「なんスか」

「今日は、嶋村しまむらちゃんはどうした? 試写会コレ、俺なんかより彼女と来ればよかったんじゃねえか」


 俺は、オガタの先輩警官である嶋村しまむら紗矢香さやかの名前を出して聞いてみた。嶋村は教育係兼監視役として、常にオガタと行動を共にしていると思っていたが。


「センパイは婚活パーティーで忙しいっス。このところ、非番の日はほとんど本官ジブンに付き合ってくれないっスよ」


 オガタはそう言って口を尖らせた。嶋村は勤務態度もいたって真面目な女性警官だが、三十路みそじを目前になんとしてでも問題児オガタの子守から卒業したいというところなのだろう。


「はあ……。最近、本官ジブンの周りはそんな話ばっかりで、なんかつまんないっス」


 ため息交じりにそう話すオガタには、いつもの元気印やハツラツさが欠片かけらも見当たらなかった。俺は話題を変えるべく、パンフレットをめくりながら言った。


「ふうん、『ヤクザ・バラッド2』か。こういうアクション映画モノが好みなのか?」

「いや、別にそういうわけじゃないっス」

「あ?」

「アンタがこういうの好きかなーと思って、試しに雑誌のご招待に応募したら当たっただけっス。主演の俳優も知らないし、前作もぜんぜん観てないっス」

「そうか」

「もう始まるっスよ」


 オガタが人差し指を唇の前に立てて制したので、俺は口を閉じてスクリーンに向き直った。



 この『ヤクザ・バラッド2』は、実になんてことのないバイオレンス・アクションだ。タイトルの通り、主人公の任侠道ヤクザの男が撃ったり斬ったり、とにかくやたらめったら殺しまくる。続編が作られるくらいなのだから、この路線がウケているということなのだろう。まあ本職であるこの俺に言わせれば、実際問題こんなに殺していたら、とっくに世界からヤクザが絶滅してしまっているとは思うが。


(なあ、おもしれえか? これ)

(シッ! 黙って観るっスよ!)


 俺のひそひそ声を、オガタはピシャリとたしなめた。少なくとも彼女は、かなり真剣にスクリーンを見つめている。


 この作品が前作と大きく異なる点といえば、主人公とヒロインとのラブストーリーが入っているということだ(パンフレットの解説より)。悪の組織に最愛の家族を奪われたごく普通のOLが、一匹狼の極道者と恋に落ちる。映画ではよくある話だが、まあ現実には、ない。


(ねえよな、こういう

(そんなことないっスよ)


 俺のつぶやきに、オガタはささやく声で反応した。思わず俺は彼女の方を振り向いたが、オガタはスクリーンを見つめたままだった。


(アンタも本官ジブンも、こうしていたらヤクザと警官にはまったく見えないっス。立場も生き方もぜんぜん違うのに――)



(――どうして、こんな気持ちになるっスか?)




パアンッ!



 そのとき、ひときわ大きな銃声が鳴り、また一人死んだ。オガタは物語の行方を、固唾を飲んで見守っている。


 俺は左手の腕時計を確認した。そろそろ三十分経つ。ホテルビュッフェのゆたかちゃんは、今頃どうしているだろうか。東京ドームのチマキも気になる。俺は、ほとんど存在を忘れかけていたセカンドバッグの中の魔女の様子を見てみることにした。



Zzz…… Zzz……


(おい)


Zzz…… Zzz…… Zzz……


 あろうことか、エルミヤさんは魔法便瓶の中でまたもや眠りこけていた。しばらく出番がなかったとはいえ、この緊張感のなさにはあきれるほかなかった。


(起きろっ!)

(ふぁいっ!)


 瓶を揺さぶると、エルミヤさんはようやく目を覚ました。トイレに行くふりをして席を立とうとしたその時、俺は重大な問題が発生したことに気がついた。


(ど、どうしたんですか?)


(やべえな、オガタが……)


 隣の席のオガタが、俺の右手をしっかりと握って離さないのだ。その力はバカ強く、揺すっても叩いても、まったく動じない。当のオガタはといえば、完全にスクリーンに没頭していて、もはや取りつく島もない。



(ど、どうするんですか?)




続く


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