第六話 男ヤモメに花が咲いちゃう?(六)
「遅いっスよ、グンバリュージ! もう映画はじまっちゃうっス!」
エルミヤさんの
「おう、すまんなオガタ。……ってお前、オガタ、だよな?」
俺は目の前にいるふくれっ面の女に、なんともトボけた返事をした。実のところ、警察官の制服姿でない彼女を見るのは初めてだった。
ゆったりとした薄手のカーディガンを羽織り、首には控えめな
これが凛として映えるのは、オガタが持つ生来の姿勢の良さと、抜群のプロポーションの為せる業だろう。
「はあ? 何言ってるっスか! そんなに……マジマジ見つめないでほしいっス。…………照れるっス」
スカートの裾をギュッと握りしめ、うつむき加減のオガタ。その言葉通り、目は潤んで耳まで真っ赤だ。それにしても女というものは、服装ひとつでここまで変わるものか。
「いや、似合ってるよ。見違えたぜオガタ」
「もっ、もういいから、早く行くっスよ!」
俺たちはスクリーンの真正面からやや外れた、少し後方の席に並んで座った。壇上では、これから上映される『ヤクザ・バラッド2』の監督や出演俳優たちが舞台挨拶を始めていた。
「なあ、オガタ」
「なんスか」
「今日は、
俺は、オガタの先輩警官である
「センパイは婚活パーティーで忙しいっス。このところ、非番の日はほとんど
オガタはそう言って口を尖らせた。嶋村は勤務態度もいたって真面目な女性警官だが、
「はあ……。最近、
ため息交じりにそう話すオガタには、いつもの元気印やハツラツさが
「ふうん、『ヤクザ・バラッド2』か。こういうアクション
「いや、別にそういうわけじゃないっス」
「あ?」
「アンタがこういうの好きかなーと思って、試しに雑誌のご招待に応募したら当たっただけっス。主演の俳優も知らないし、前作もぜんぜん観てないっス」
「そうか」
「もう始まるっスよ」
オガタが人差し指を唇の前に立てて制したので、俺は口を閉じてスクリーンに向き直った。
この『ヤクザ・バラッド2』は、実になんてことのないバイオレンス・アクションだ。タイトルの通り、主人公の
(なあ、おもしれえか? これ)
(シッ! 黙って観るっスよ!)
俺のひそひそ声を、オガタはピシャリとたしなめた。少なくとも彼女は、かなり真剣にスクリーンを見つめている。
この作品が前作と大きく異なる点といえば、主人公とヒロインとのラブストーリーが入っているということだ(パンフレットの解説より)。悪の組織に最愛の家族を奪われたごく普通のOLが、一匹狼の極道者と恋に落ちる。映画ではよくある話だが、まあ現実には、ない。
(ねえよな、こういう
(そんなことないっスよ)
俺のつぶやきに、オガタはささやく声で反応した。思わず俺は彼女の方を振り向いたが、オガタはスクリーンを見つめたままだった。
(アンタも
(――どうして、こんな気持ちになるっスか?)
パアンッ!
そのとき、ひときわ大きな銃声が鳴り、また一人死んだ。オガタは物語の行方を、固唾を飲んで見守っている。
俺は左手の腕時計を確認した。そろそろ三十分経つ。ホテルビュッフェの
Zzz…… Zzz……
(おい)
Zzz…… Zzz…… Zzz……
あろうことか、エルミヤさんは魔法便瓶の中でまたもや眠りこけていた。しばらく出番がなかったとはいえ、この緊張感のなさにはあきれるほかなかった。
(起きろっ!)
(ふぁいっ!)
瓶を揺さぶると、エルミヤさんはようやく目を覚ました。トイレに行くふりをして席を立とうとしたその時、俺は重大な問題が発生したことに気がついた。
(ど、どうしたんですか?)
(やべえな、オガタが……)
隣の席のオガタが、俺の右手をしっかりと握って離さないのだ。その力はバカ強く、揺すっても叩いても、まったく動じない。当のオガタはといえば、完全にスクリーンに没頭していて、もはや取りつく島もない。
(ど、どうするんですか?)
続く
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