第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(三)

 いろいろあって、伝説の勇者であることが判明した俺は、異世界から転移して来たあげくに奴隷となったエルフの魔女と同居することになった。


 この一文だけで、ツッコミたくなる点がいくらでもあるが、ひとまずそれは置いておこう。俺が自称・魔法使いの少女「エルミヤさん」と遭遇してまだ一日も経っていないが、とりあえず彼女に関して気づいた点を列挙していくことにする。


1.この魔女、とにかくメッチャ食う


「私、ハイエルフの旧家の生まれで、一応育ちはいいので。こう見えて、わりと食通グルメなんですよ?」


 冷蔵庫にロクなものが入ってなかったので、適当に「玉子かけご飯」を出してやった。

 はじめは生の鶏卵に拒否反応を示していたが、一口食ったらその味にいたく感動したらしく、炊飯器に三合あった飯を、玉子と醤油だけで瞬く間に食らいつくしてしまった。

「魔法を使った後はお腹が減るんです」とか言っていたが、この調子で食われると、今後の我が家のエンゲル係数がヤバい。それにしても、食通グルメのわりに何を食っても美味うまいと言う娘だ。


2.この魔女、まったく家事をしない


「掃除? 炊事? 洗濯? あー、大変申し訳ないんですけど、私は戦闘専門ですのでそういったことはちょっと……」


 奴隷というからには、少しは彼女に労働力を期待した俺が浅はかだった。

 魔法の杖を振るだけで、家の中をちょちょいと片付けてくれるのかと思いきや、戦闘奴隷はいざという時にしか魔法を使わないものだと言ってかたくなに拒絶。日がな一日、ポテチ片手に俺のスマホで動画を観て過ごしている。正直、ニートの子供を持った親の気持ちがよくわかる。


3.この魔女、すこぶる寝グセが悪い


 困ったのが、夜だ。さすがに同じベッドというわけにもいかず、床に布団を敷いて寝かせたのだが、寝入りばなのイビキと歯ぎしりがありえないほどの爆音である。

 しばらくして、ようやく少し静かになったかと思ったら、今度は強烈な寝相の悪さが発動。彼女が激しく動き回るたび、俺の左腕が鎖に引っ張られて何度もベッドから落ちそうになった。

 あげくの果てに、

「リュージしゃま……おしっこ……」


 トイレが済むまで、俺は強制的にドアの外で待たされることになる。おかげでこれから毎晩、俺は確実に寝不足だ。


4.この魔女……もういいや、面倒くせえ。



 とにかく、邪魔で邪魔でしょうがないのが、この「隷属れいぞくの鎖」だ。

 俺とエルミヤさんが三・五メートル以上離れると、彼女の首と俺の左腕の間を繋ぐように、かなりガッチリとした鎖が出現する。こいつのおかげで、俺の生活上の自由はほぼなくなってしまった。これではまるで、どっちが奴隷だかわからないじゃねえか。


「なあエルミヤさん、手っ取り早くこの鎖を外す方法はないのか?」

「うーん、そうですね……。あ! いっそのこと、リュージさまの左腕を斬り落としてしまえば、あるいは」


 聞くんじゃなかった。



 そして、今の俺に降りかかっている喫緊の課題は「この状態で、いったいどうやって組事務所に出勤するか」だ。

 とりあえず体調が悪いことにして、ネットを使った遠隔リモート出社も考えたが、

「リモートですかい? 営業部長カシラの場合は、ちょいと無理があるんじゃ……」

 と、若い社員モンに電話口で言われてしまった。たしかに俺の仕事の大半は、言うことを聞かない下請業者や、無理難題を押し付けてくる不良顧客の前に直接出張デバっていって、この顔で黙らせることだ。パソコンのモニター越しでは、どうしても迫力に欠ける。


「かといって、魔法使いの格好カッコしたエルフの女の子と仲睦まじく同伴出勤ってのもなあ……。さて、どうすっか」


「リュージさま! じつは私にひとつ、いい考えがあるんですけど♪」


 エルミヤさんは木の杖エル・モルトンを振りかざしながら、さも得意げに言った。




「おはようございやす、営業部長カシラ!」


 俺が組事務所に顔を出すと、針棒組の組員たち、いや社員たちが一斉に立ち上がって大きな声で挨拶してきた。そして、俺のデスクの前に行列を作る。


営業部長カシラ、お留守番お疲れさまでした! これ、つまらないモンですがお土産です。どうぞお召し上がりください!」


「おう、いつもすまねえな。ありがとよ」


「ウス!」


 そう言って、社員たちは旅行土産の温泉饅頭まんじゅうの箱を俺に手渡してくる。これを一人ひとり、社員全員から受け取るのが、俺の毎年の恒例行事だ。



「……あのぉ、リュージさま?」


「なんだ?」


「どうしてそんなにお饅頭がお好きなんですか?」


 デスクの上に、山のように積み重ねられた大量の饅頭を、そばで不思議そうに見ていたエルミヤさんが小さな声で俺にたずねてきた。


「別に好きじゃねえよ。なんか知らねえけど、みんな毎年買ってくるんだよ」


 車酔い癖のせいで慰安旅行についていけない俺に、わざわざ土産をくれるのはありがたい。だが揃いも揃って全員が同じ温泉饅頭を買ってくるのはどういうわけだ?

 俺たちのような任侠業界ですら、世間一般でいうところの「同調圧力」が蔓延はびこっていることに、俺は一抹の不安を感じていた。もっとも、単に「安いから」という説も有力だが。


「よければ、食うか?」

 と言うが早いか、すでにエルミヤさんは一番上の箱を開けて饅頭にかぶりついていた。俺は、彼女の食い意地にあきれつつ、話題を変えた。


「……それにしてもエルミヤさんのこと、見事にだれもなんも言わねえな。どうやら、マジで見えてねえらしい」


「ふぁい! フぉントによかったでふ」モグモグ


 エルミヤさんは、「秘匿魔法カモフラージュ」というのを使ったようだ。この魔法を自分にかけることで、周囲から自分の存在がまったく気にされなくなるのだという。


「でも、魔法の効果が及ばないほど遠くからだと、私の姿が見えてしまいます。それに、そもそもこの秘匿魔法カモフラージュが効かない体質の人も……」




「よお、竜司! 留守番中、大変だったそうだな」


 その時、俺のデスクに一人の男が姿を見せた。


「来たか、伍道ごどう。なに、別に大したこたあねえよ」


 この男の名は、雷門らいもん伍道ごどう。針棒組の若頭カシラ補佐にして、経済的屋台骨を支える、切れ者の経理部長だ。

 俺よりも少し年上で、たしか三十八、九くらいだったか。組に入ったのが俺よりもだいぶ遅かったせいで、組内の序列では俺の下に甘んじてはいる。

 だが付き合いの長さと濃さから言えば、俺と伍道は切っても切れない無二の親友であり、かつ永遠の好敵手ライバルだ。少なくとも、俺はそう思っている。


「ふっ、大したことねえことねえだろうがよ。泥縄組のわけえモンが三十人も、鉄砲もってカチコんできやがったんだろう?」


 俺は、留守番中に泥縄組の襲撃カチコミの被害を受けたことを、組長オヤジとこの伍道にだけは伝えていた。もっとも、エルミヤさんの魔法のおかげで、事務所には銃痕ひとつ残っていないが。


「何十人いようと、所詮は若造ヒヨッコの集まりだ。まとめてふんじばって、そこの交番の前に並べといたからな」


 それを聞いて、伍道は心の底から嬉しそうに笑った。

「さすがは、針棒組きっての武闘派だ! おメエがいれば、この組も安泰だぜ」


 そして伍道は、俺の左斜め後ろ四十五度の方向に首を傾けながら、こう続けた。



「ところで、竜司よ。そこのお嬢さんはどこのだれだ?」




続く


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