第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(二)

「………………………………………………」


 俺の言葉に応えることなく、エルミヤさんは下を向いたまま、両手のひらで自分の顔を覆っている。よく見ると、その肩が小刻みに震えているのがわかった。


「な、なあ、ちょっと聞いてくれないか?」

「………………………………………………」


 目の前に座っている、この少女が発する無言のプレッシャーに、俺は例えようのない「恐怖」を感じていた。任侠集団・針棒組の若頭カシラにして、百戦錬磨の武闘派。「剛剣無敵の昇り竜」の異名を持つ、この軍馬竜司がだ。

 俺の脳裏に、彼女が振るった木の杖エル・モルトンから誘導弾魔法マジックミサイルが射出された場面シーンがよみがえる。あの無数の光弾は、どこへ逃げようと確実に追ってきて俺を黒コゲにするに違いない。どうする? 俺。とりあえず、土下座でもしてみるか?



「…………………………………………ぷっ」


 その時、エルミヤさんがものすごく小さな声で吹き出した。



「ふっふっふっふっふっふっふっ…………」


「ふあっ、あっははははははははははは!」


 やがて彼女は、顔を上げると高らかに笑いだした。最初は、マジで本格的にイカれてしまったのか? と思ったが、どうやらそうではない。ただただ、普通に爆笑している。

 先ほど肩が揺れていたのは、涙を抑えていたわけでも怒りに震えていたわけでもなく、単に笑いを堪えていただけだった。


「あっ、あの、ごめんなさいリュージさま。私てっきり……。もう、おかしくっておかしくって」

 エルミヤさんは、笑いすぎてあふれ出した涙をぬぐいながら言った。俺はあきれ半分、安堵が半分といった気分で彼女を見ていた。


「笑ったりして、本当に申し訳ありません。何かと思ったら、そんなこと気にしていらしたんですね」

 そう言うと彼女は席を立ち、俺のそばへとやってくると、背中に回って俺のシャツをまくり上げたのだ。

「すみません、リュージさま! ちょっと失礼いたします!」

「お、おい!」


「なるほど……じつは私も、聖痕にしては少し色彩が豊かすぎるんで、おかしいなーとは思っていたんですけど……。よ~く見ると、うん、たしかに刺青イレズミですね、これ。でも、芸術作品のようで本当にお見事です!」


「……なあ、もうそろそろいいか?」

「あ、ごめんなさい。もう大丈夫です」


 俺の服を丁寧に元に戻すと、エルミヤさんは自分の席に座って、ふたたびコーヒーを啜りはじめた。

「ふぅ……」


「で?」

「え? なんでしょうか」


「いや、こっちが聞きてえよ! 聖痕がなけりゃ、俺は勇者じゃねえし、エルミヤさんがわざわざ俺の奴隷になる必要もねえんだろう?」


 俺の言葉に少し考えをめぐらせた後、エルミヤさんは何かを決心したように、落ち着いた声で話しはじめた。


「リュージさまは奴隷契約の意味を少し誤解されてるみたいなので、あらためて私から説明させていただきますね。ちょっと長くなりますけど」




「あのですね。いわゆる『奴隷契約』を行うには、大きく分けて二つの方法があるんです」


 エルミヤさんは、まるで生命保険の外交員のような説明口調で話しはじめた。


「ひとつはごく一般的な『主従契約』。こちらはひとりの主人に対して、ひとりの従者が奴隷契約を結ぶというもので、奴隷となる人自身の意志によってのみ、その契約が締結されます」


「奴隷自身の意志?」


「はい。つまり、だれかが自分の意のままに、勝手に他人を奴隷にすることはできません。まあ普通は、好き好んで奴隷になるような人はあんまりいないので、諸事情によりやむを得ず承諾するという場合がほとんどですね」


「なるほどな」


「ちなみに、ひとりの奴隷が契約できるのは、ひとりの主人とだけです。もっとも主人の方は、複数の奴隷を持つことも可能ですけど……」


 それを聞いた俺の頭に、「ハーレム」という単語が浮かんだ。そのシステムには、少し興味が湧かなくもない。


「そして、もうひとつが『神従契約』といいます。こちらは従者側からのある条件に基づいて、神の御意思のもとに、ある人がある人と主従関係を結ぶということです。じつは今回、私が選択したのはこちらの神従契約なんですよ」


「ある条件ってのは?」


「私は今回の奴隷契約にあたって、『伝説の勇者さま』との主従契約を望みました。たしかに『龍の聖痕』のことは私の勘違いでしたけど、実際にこうして奴隷契約がなされた以上、やはり主人となったリュージさまは正真正銘、本物の勇者さまであるということに……」


「ちょちょちょ、待ってくれよ!」

 このままだと俺は、身に覚えのない「伝説の勇者」ということにされてしまう。だがそれよりも、俺は前々から気になっていた疑問をぶつけてみた。


「……そもそも、エルミヤさんは本当に俺の『奴隷』になったのか?」



 エルミヤさんはその言葉を聞くと、黙ったまま再び椅子から腰を上げた。だが今度はこちらにではなく、逆に俺から遠ざかるように数歩下がったのだ。


「……くぅっ!」

「なんだこりゃ!」


 すると、驚いたことにテーブルの上に置いていた俺の左腕が、急に何かに引きずられるように前方に動いたのだ。同時に、エルミヤさんのチョーカーについていた輪っかが動き、彼女の首を強くこちら側に引っ張っている。よくよく見ると彼女の首と俺の左手首が、鋼鉄の鎖でピンと繋がれているのがはっきりと確認できるではないか。


「ご覧になれますか? これが、リュージさまと私との間に結ばれた契約の証、『隷属れいぞくの鎖』です」

 チョーカーを指で触れながら、エルミヤさんは少し息苦しそうに言った。


「隷属の鎖、だって……?」


「私たちがすぐ近くにいるときはとくに何も起こりませんが、ある一定の距離が開くと、このように魔法の鎖が出現するのです。この鎖は、いかなる力をもってしても断つことはできません」


「この鎖の長さは?」


「主従それぞれの、身長の合計となります」


 たしか、俺の身長が百九十五センチ。エルミヤさんが百五十五センチといったとこだから……えーっと、だいたい三・五メートルってことか。要するに、この奴隷契約がある限り、俺とエルミヤさんはこの鎖の長さ以上離れられないということだ。俺は彼女に、また椅子に座るよう促した。


「もうひとつ、質問いいか?」

「はい。私に答えられることであれば、なんなりと」


「この契約は、いったいいつまで続くんだ?」


「通常の主従契約であれば、主人が許可すれば、その瞬間に奴隷は解放されます。しかし、神従契約の場合は……」

 エルミヤさんは、なにか困ったような表情になって言葉を続けた。


「主人となる人の『大願が成就』されたと、神によってみなされるまで、です。ここに、主人の意志はまったく関係ありません」


「大願成就、だぁ?」


「伝説となる運命を持つ勇者さまには、必ず何かしらの目的があるといわれています。巨悪を滅ぼすとか、宝物ほうもつや聖地を奪還するとか、世界を平和に導くとか……」


「俺はこの通り、しがない極道ヤクザだ。そんな大それた夢も望みも、ありゃしねえよ」


「……いずれにしても、この鎖が存在している間は、私はまぎれもなくリュージさまの戦闘奴隷。その事実に間違いはありません」



 まだまだわからないことが多すぎるが、少なくとも俺とエルミヤさんの置かれた立場だけはなんとなく理解した。今はまだ、それでいい。

 もっともしばらくの間、左腕に年頃の魔女をぶら下げたままで暮らすことにはなるが。


「とりあえず、なにかメシでも食うか。これからのことは、これからだ」


「……は、はい! リュージさま!」


 俺はエルミヤさんを連れてキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。




続く


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