第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(一)

 泥縄組が送り込んだ鉄砲玉ヒットマン、総勢三十名との抗争に決着がついた朝の五時過ぎ。


 針棒組の組員たち、いや弊社の社員たちが一泊二日の慰安旅行から帰ってくるのは今日の夕方で、明日の朝までは臨時休業だ。さすがに、二日連続の襲撃カチコミはないと信じて、俺はひとまず家に帰って休むことにした。


 だが、組事務所ビルに戸締りした、ちょうどその時のことだ。



チリンチリン♪


 一台の自転車が走ってくる音が聞こえてきた。その響きに不穏なものを感じた俺は、そっと物陰に隠れて小声で手招きをした。


「……エルミヤさん、こっちだ」

「えっ? どうしたんですか、リュージさま」

「シッ!」


 人差し指を口元に立てた俺に、怪訝そうな表情を見せるエルミヤさん。俺たちは、自動販売機が立ち並ぶ路地の曲がり角から、そっと様子をうかがった。



「ふふ~んふふふ~ん、ふっふ~~ん♪」


 早朝にもかかわらず、バカでかい鼻唄を歌いながら上機嫌にやってきたのは、一人の婦人警官だった。いや、最近は「女性警察官」っていうんだったっけか。

 いずれにしても彼女は、俺がこの界隈で絶対にハチ合わせしたくない人間、不動のトップワンに君臨している。


「あのかた、どなたなんですか?」

「オガタだ」

「オガタ?」

尾形おがた向日葵ひまわり針棒組ウチのはす向かいにある、あそこの交番に勤務している新米警官だ。奴は、とにかくヤバいから注意しろ」

「でも、まだかなりお若いようですし、そこまで危険な感じはしないような気がするんですけど」


 髪型は、健康的なショートカット。元気を絵に描いたようにハツラツとした表情、折り目正しくキビキビした動き。たしかに、まるで幼児番組の歌のお姉さんみたいに思える。


 制服姿で派出所に出勤してきたオガタは、荒縄でグルグル巻きにされて気を失っている何十人もの男たちの前を、律儀にもいったんスルーしたのち、きっかり三秒後にと気がついて、戻ってきてから大声を上げた。


「な、なんスかアンタら? こんなとこでなにやってんスか? ここ、交番の前っスよ?」


 オガタは、チンピラ風の男たちがそろいもそろって黒コゲになっていること。加えてその体に一丁ずつ拳銃がくくりつけられていることに気づき、さらにテンションアップした様子を見せた。


「これは……とてつもない大事件のニオイがするっス! もしかして……軍馬竜司の仕業っスか?」


 そう言うとオガタは、懐から大きな双眼鏡を取り出すと、交番前の通りに飛び出して辺りを見回しはじめた。そして、針棒組の事務所の方を指さしながらこう叫んだのである。


「コラァーっ! ハリボーグミのグンバリュージーっ! 聞こえていたら返事をするっスーっ! ジブンがいつか、絶対にシッポをつかんでやるっスーっ! 覚悟しておくことっスーっ!」


 早朝五時台に往来のど真ん中で、双眼鏡を目に当てつつ大音声を響かせる尾形向日葵巡査、二十三歳独身。そんな彼女を遠巻きにしながら、新聞配達の男やジョギング中のおばさんが、放し飼いにされている珍獣でも見るような目つきをして通り過ぎていった。

 だが、その言動や行動はともかく、一目で事件の主犯格を的確に考察するあたり、やはり只者ではないとも言える。


「どうだ、ヤバいだろう?」

「うーん、ヤバいですね!」


 どこかの異世界から転移してきたという経験を持つエルフのエルミヤさんにも、どうやらこの尾形向日葵という女のヤバさがご理解いただけたらしい。


「どうしましょう。あのオガタさんにも、いちおう誘導弾魔法マジックミサイル撃っときます?」

「やんなくていいから。行くぞ」


 地下駐車場に停めてある愛車ハコスカにエンジンをかけ、俺はエルミヤさんを助手席に乗せて自宅へと戻った。




「ほあぁーっ……ここが、リュージさまのお住まいなのですか?」


 俺が長年住んでいる、築三十年になる中古分譲マンションに着くと、エルミヤさんは建物を見上げるようにして、本日何度目かの感嘆の声を上げた。


「大きくて美しくて頑丈そうで、まるで石造りの宮殿のようです!」


「俺んちはこん中の一室で、間取りは2LDKだけどな」


「……にーえる?」


 エルミヤさんはこのほかにも、車と信号機とコンビニとオートロックとエレベーターにいちいち驚いていたのだが、ここで触れるのは面倒くさいのでやめておく。彼女が住んでいたという異世界とやらは、文明的にはずいぶんと未開の地であるようだ。



「まあ、そこに掛けてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 俺はリビングのテーブルを指し示し、席に着いたエルミヤさんに熱いコーヒーを淹れてやった。さすがにコーヒーくらいは知っているらしく、彼女はじっくりと味わうようにして、うれしそうにカップを啜った。


「……あの、どうかなさいました? なにか、お顔の色が優れませんけど」


 エルミヤさんは対面に座った俺の表情を見て、心配そうに声をかけてきた。

 俺はこれから彼女に、最も重要な「あのこと」を告げようとしていた。遅かれ早かれ、いずれ話さねばならないことだが、エルミヤさんの「魔法」の実力を見てしまった以上、正直気が引けるどころではない。


「いや……。じつは、さっきの件なんだけどな、エルミヤさん」

「あ、はい。なんのことでしょうか? リュージさま」


 意を決して話しはじめた俺に、エルミヤさんは変わらぬ様子で明るく返事をした。


「いや、その、例の戦闘奴隷? ってヤツ」

「あー、はいはい。えっと、それがなにか」


「それなんだけど……別にもういいぜ?」


「え? 『もういいぜ』とはどういうことですか?」


 その言葉に明らかに驚いた目をして、エルミヤさんはコーヒーカップの持ち手から指を離すと、俺の方に向き直った。


「つまりなんだ、俺を襲ってきた『ならず者の連中』たちは、エルミヤさんの魔法の力で見事に片づけてもらったしな。いまんところ、俺の身にとくに差し迫った危険もないようだし」


「はあ」


「だからな、要するにあの奴隷契約……まあ、結んじまったばかりで申し訳ないんだけど、今すぐきっぱり破棄ナシにしてもらっても、俺的には構わないっていうこった」


「で、で、で、でもリュージさまは伝説の……」


「それなんだけどさ。もうこの際はっきり言うと、俺は別に『伝説の勇者』じゃねえし! アンタの言ってるこの背中の『龍の聖痕』だって、ただの刺青イレズミだぜ?」


 ついに俺は、「あのこと」についての真実を口にした。


「い、刺青……だったんですか? それって」


「今まで、ちゃんと説明しなかったことについては謝る。このとおりだ、俺が悪かった! だからもう、エルミヤさんも奴隷なんてならなくても……」


「………………………………………………」


 俺の謝罪の言葉を聞きながら、彼女はゆっくりと肩を落とした。言葉を失い、うつむいてしまったままのエルミヤさん。その瞳の色は、丸メガネに反射する光に遮られてうかがい知ることはできなかった。


「……おい、どうした? エルミヤさん」


 俺はその時、ようやく彼女の異変に気がついた。




続く


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