第一話 ギリギリ修羅場に魔女エルフ(五)

「はあ? 戦闘……奴隷ぇ? エ、エルミヤさんを、この俺が?」


「リュージさまご自身が、そうお望みになられたのではないと?」


「当ったりめぇだろ! そんなこと、一度も考えたこたぁねえよ!」


 エルミヤさんの口から思いもよらない言葉が飛び出したせいで、俺は激しく動揺した。極道を生業なりわいにしている俺だが、人身売買や監禁拘束は言うまでもなく専門外である。まったく、何を言ってるんだこの娘は! だが、彼女はそんな俺を意に介さず、小さな声でぶつぶつとつぶやき続けている。


「そうしますと……。やはり、こう考えればすべての辻褄つじつまが合います! その背に色鮮やかな『龍の聖痕』を持つ、誇り高くたくましき『伝説の勇者』。街の平和を乱す、凶悪な『ならず者集団』から卑劣なる急襲を受け、いまや孤立無援の絶体絶命。しかしその姿を見かねた『神』の御導きにより、時空を超えて一人の『エルフの魔導師ウィザード』が、異世界にいる勇者の元へと遣わされた、と――」


 そこまで言って、うつむいたまま黙ってしまったエルミヤさん。だが、次の瞬間




「――いうことなんですねリュージさま!」




 うおぁ、ビックリした! つーか近い近い近い顔が近いよ! エルミヤさんは互いの鼻と鼻が触れ合う寸前まで顔を近づけると、渾身の力を込めて俺の名前を叫んだのだった。

 だが、彼女の丸メガネのレンズ越しに見えるその瞳は、真剣そのものだ。


「いいのです、リュージさま。実を申しますと私、あなたにお会いしてその龍の聖痕を拝見した時から、心の中で覚悟を決めておりました。神聖なる戦いに身を投じ、勇者さまをお守りするということは、魔導師ウィザードとして最高のほまれですもの」


 そう言いながら彼女は立ち上がり、ゆっくりと壁際から離れると、俺の前に向き直ってひざまずきつつ、こうべを垂れた。


「伝説の勇者、グンバリュージさま。わたくしエルミヤは神の忠実なるしもべとして、あなたの戦闘奴隷となって、この身を捧げることをお誓い申し上げます!」




 おいおいおいおいおい、なんだかとんでもなくヤバげな雰囲気になってきたぞ?


「ちょ待てよ、エルミヤさん! 俺の奴隷になるって、いったいどういうつもりだ?」


「あの、あまりお気になさらないでください。私の住んでいた世界では、聖職に従事する方々や身分の高い貴族などが、護衛のための戦士や魔法使いの奴隷を、ごく普通に複数人所有しておりました。リュージさまも、その身に龍の聖痕を持つ神聖なる勇者。戦闘奴隷の一人や二人、おそばにお仕えして当然ですわ」


「いやそういうことじゃなくて! 俺は……」


 そんな言葉を遮るように、エルミヤさんは俺の左手を取ると、そっと両手で優しく包み込むようにして握りしめた。そのまま、俺の人差し指を自分の首元へと持ってくると、チョーカーについている大きな金属製の輪っかの中に差し入れたのだ。


「んっ……」


 俺の指を輪っかに通す瞬間、頬を赤らめながらぎゅっと目をつぶったエルミヤさん。この行為になんの意味があるのかわからないが、ぶっちゃけ、エロい。


「お、おい……」

「大丈夫です。すべて私におまかせください」


 そう言うと彼女は、どこの国のものかさだかではない不思議な言葉をつぶやきながら、静かに目を閉じた。


「――――――――――――――――――!」


 次の瞬間、エルミヤさんの体がまばゆい光に包まれた。俺は直視することができず、思わず顔をそむけた。



 それから、ほんの数秒後。ゆっくり目を開けると、そこにはさっきの姿のままのエルミヤさんが跪いていた。すると彼女は、まるで神の祝福に心の底から感謝の意を表すかのように、俺の目を見てにっこりと微笑んだのだ。


「神の名のもとに、主従契約は滞りなく締結されました。これからは、あなたが私のご主人さまです。リュージさま!」



 かくしてここに、軍馬竜司オレの所有する戦闘奴隷の魔女、エルミヤさんが爆誕した……って、マジかよ?




「さて、それでは参りましょうか、リュージさま」


 エルミヤさんはそう言って立ち上がると、俺の前に出て颯爽と歩きはじめた。


「ど、どこに……?」

 まだ「奴隷宣言」の衝撃ショック冷めやらぬ俺に向かって、彼女は首をかしげながら不思議そうに言った。


「先ほど、私におっしゃったではありませんか。『ならず者を始末しろ』と」

「いや、だからあれは冗だ……」


 俺の返事もそっちのけで、エルミヤさんは再び出入り口の方に向き直った。

「なんといっても、リュージさまの戦闘奴隷としての私の初仕事ですから。腕が鳴ります!」


 エルミヤさんは、組長室の扉の前に俺たちが積み上げた簡易バリケードに向かって、例の「由緒正しい」木の杖、エル・モルトンを振るった。

 すると、驚いたことに積み重なった机や棚、ソファーなどが次から次へと、元あった位置に戻っていったのだ! 部屋中に散乱した書類や事務用品などまでもが、見えない力によってきれいに整理整頓されていく。

 俺は生まれてはじめて見る「魔法」を前にして、ただ唖然と立ち尽くすことしかできなかった。


「すっげえ……これが、エルミヤさんの魔法の力なのか?」

「いえ、これはほんの初歩です。本番はこれからですよ!」


 気がつけば、すっかり元通りになった組長室。エルミヤさんは、木の杖エル・モルトンを手にしたまま扉の前に立った。


「しかし、どうするつもりなんだ? 部屋の外には、泥縄組に雇われた鉄砲玉の奴らがまだ二十人以上、拳銃をこっちに向けて待ち構えているんだぜ」


 そんな俺の言葉に、彼女は丸メガネに指を添えながら不敵な笑みを浮かべた。


「ふふっ……どうぞご心配なく、リュージさま。こんな時にこそモノをいうのは、先・制・攻・撃・です!」


 つーかこの娘、こんな性格キャラだっけ? と思う間もなく、エルミヤさんは目を閉じて、またなにやら奇妙な言葉を唱えはじめた(これが、いわゆる「呪文スペルの詠唱」であるということは、後になって理解した)。それに合わせるかのように、杖の先端がまばゆい光を帯びてゆく。

 その光が最高潮に達した時、彼女は杖でドアを指し示しながらこう叫んだ。



誘導弾魔法マジックミサイル!」




――俺たちと泥縄組との戦いは、エルミヤさんのこの一言であっけなく終了した。


 木の杖エル・モルトンから放たれた無数の光弾は、組長室のドアを吹き飛ばし、そのままこの事務所内にいた泥縄組の兵隊たち全員を正確に追尾して襲いかかったのだ。

 思いもよらぬ攻撃を食らった鉄砲玉の連中は、もれなく黒コゲの重傷となったものの、おおむね五分の四殺し程度ですんだことは、むしろ不幸中の幸いであったというほかない。


 俺は男たちをまとめて縛り上げると、各々が所持していた拳銃を添えて、この事務所のはす向かいにある派出所の前に粗大ゴミのように並べておいた。あとは、夜のパトロールから戻ってきた交番勤務の警官らが、しかるべき処理をしてくれるだろう。



「あー、ご苦労だったな、エルミヤさん。まあその……助かったぜ」


「えっ? あ、いえいえ、こちらこそ! お役に立てて光栄です!」


 気がつけば、事務所の外は空が白みはじめていた。清々しいほど透きとおった朝の光の中、すぐそばで屈託のない笑顔を見せる魔女・エルミヤさんに、俺は自分でもなんとも形容しがたい、複雑な感情を抱いていた。



「これからも末永く、よろしくお願いいたします、リュージさま!」




第二話に続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る