第一話 ギリギリ修羅場に魔女エルフ(四)

「はい?」


 俺の放ったひと言に驚きのあまり、一瞬で凍りついたような顔つきになったエルミヤさん。くるくると表情が変わる、本当に愛嬌があっておもしろい娘だ。俺はそんな彼女を安心させるように、少しだけ口角を上げつつ不器用なウインクをした。


「冗談だ」


 俺は組長室に入ってきた男たちのほうに振り向き、慎重に距離を取りながら彼女にこう促した。


「エルミヤさん。できるだけ姿勢を低くして、部屋の隅っこでじっとしてな。アンタには、俺が絶対に手出しをさせねえ」


「リュージさま……」


 力を抜いてゆっくりと腰を落とし、長ドスを構える。そして、両手で握っていた柄の部分をひっくり返して刃を上に向けた。もちろん、泥縄組の奴らを誤って斬ってしまわぬよう、刀背むね打ちにするためだ。


 実のところ俺はついさっきまで、襲ってきた鉄砲玉の男たちを一人でも多くぶった斬った上で、華々しく散るつもりでいたのだが、急に気が変わった。殺しも殺されもせずに、どうにかしてこの場を生き抜くことだけを、今では考えている。その理由が、ほんの数分前に出会ったこの「自称・由緒正しいエルフの魔法使い」によるものどうかは、正直定かではないが。


「おい、泥縄組の小僧ども! この俺が『剛剣無敗の昇り竜』と知っているなら、それなりの覚悟を決めてかかってきな! 容赦はしねえ」


 血気盛んに襲いかかろうとしていた男たちだったが、俺の重低音の効いた脅し文句に動きを止めた。幼い頃より天涯孤独。十代前半で任侠道に入った俺は、自分で言うのもなんだが純粋培養のエリート侠客だ。長ドスの扱いも、初っ端こそ組長オヤジの手ほどきを受けたが、街中で強者ツワモノたちに揉まれながらほとんど独学で身につけた。チャラついた半グレ風情の若造どもに、引けを取る俺ではない。


「おう、どうした。俺をったら、泥田どろたのハゲジジイから賞金ボーナスが出るんだろ?」


 腰の引けた連中たちに、俺は泥縄組の組長の名を出してさらに挑発を加えた。泥田どろた暴作ぼうさくは、金儲けだけが取り柄のいけ好かないスキンヘッド野郎だが、これだけ大量の鉄砲玉を送り込んできたところを見るに、覚醒剤の売人たちが俺一人にシメられたことがよほど腹に据えかねたらしい。

 だが、ケチであくどい奴のことだ。こいつらが仮に俺のタマを取れたとしても、金をくれてやるどころか単独殺人犯に仕立てて切り捨てることだってやりかねない。


「来ねえんなら、こっちから行くぜっ!」


 そう言うが早いか、俺は組長室の扉付近で右往左往していた奴らの至近距離まですばやく踏み込んで、片っ端から長ドスの峰を叩きこんだ。瞬く間に、先頭の鉄砲玉が五人ばかり意識を失った。

 各々が飛び道具を装備していたとしても、集団で狭い部屋の中に入ってしまうとかえって自由に撃てないものだ。無論、同士討ちの危険があるからである。

 所詮、泥縄組の鉄砲玉は襲撃カチコミ定石セオリー作戦プランも持ち合わせずに、頭数にまかせて闇雲に襲ってくるだけの素人だ。こういう輩なら、何人が相手でも大して怖くはない。


「待て! おい、お前らいったん引け!」


 ようやく距離を取るべきことに気づいた奴らの一人が、仲間たちに号令をかけた。男たちが組長室の外に下がっていくのと同時に、俺も身をかがめながらドアを閉めた。


「すごいです、リュージさま! 本当にお強いんですね!」

 ふうっとひと息ついた俺の後ろから、ドス捌きを見ていたエルミヤさんが駆け寄ってきた。


「おう、無事かい? エルミヤさん。だったら、ちょっと手を貸してくれ」

「は、はい!」


 エルミヤさんと協力して、今度はソファーだけでなく、部屋の中の机や棚などの運べる限りのものを運んできて、出入り口に積み上げて塞ぐことにした。

 俺たちは、再び籠城の策に出たというわけだ。鉄砲玉の男たちもこちらに向かって拳銃の乱射を続け、そのうちの数発はドアや壁を貫通してきたが、これだけの家具や調度品を盾にすればそうそう俺たちに危害は加えられない。


「これで、ひとまずは安心でしょうか?」


 俺とエルミヤさんは、扉から一番離れた壁に寄りかかるようにして、並んで腰を下ろした。


「ああ。だが、このままじゃ向こうもラチが明かねえ。放っておけば、いずれ数に勝る奴らに押されてお終いだな」

「そんな……」

「それに、この組長室には採光用の天窓くらいしかないからな。もし火でもつけられた時にゃ、どこにも逃げられずにアウトだ」

「…………」


 エルミヤさんは、そのまま黙り込んでしまった。部屋の外からは、泥縄組の連中たちが慌ただしく動き回る物音とイラついたような怒号が伝わってくる。そのまま、長いような短いような時間が流れた。




「ぁ、あの、リュージさま」

「なんだい、エルミヤさん」

 沈黙を破って、エルミヤさんが話しかけてきた。


「こんな時になんなんですけど……あ、あくまでここだけの話ですよ?」

「いったい、なんなんだよ」


 エルミヤさんは意を決したように、俺の耳のそばに顔を近づけてこう告げた。


「私、ひょっとすると……『異世界転移』をしてきてしまったのかもしれません」




「……またヘンな単語が出てきたな。なんだよ『異世界転移』って」

 俺は、さっきのやり取りを思い出して、深くため息をついた。


「だってだって、どこを見回しても、私が見たことも聞いたこともないようなお部屋や品物ばかりなんですよ! この床だってあの壁だって、今までに触ったことのない不思議な素材ですし……。もしかして私、何らかの理由でぜんぜん知らない世界に、時空を超えて飛ばされてきたんじゃないかって」


「なんだそりゃ。そんなこと、ホントにあるのかよ?」


「現象自体は、まれに起こりえると聞いたことがあります。じつは私も記憶が曖昧で、リュージさまにお会いする前にどこで何をしていたか、まったく思い出せないんですけど……」

 エルミヤさんは膝を抱えながら、少し涙ぐんだような声で言葉をつないだ。


「でも、どう考えてもここは、私が生まれ育ったところとは違うんです……」


 彼女の話を、荒唐無稽と笑い飛ばすのは簡単だ。しかし俺は、現実にこの目で、エルミヤさんが何もない空中から唐突に出現したのを見ている。ひょっとすると、今夜は想定外のことが起こりすぎて、俺自身の感覚が少し麻痺しているのかもしれないが。


「それがたしかなら、エルミヤさんにとってここは『異世界』ってわけだ。だとしたら、なんとも間の悪い時と場所にやって来ちまったな」


 慰めるような俺の言葉に、逆にエルミヤさんは毅然とした顔つきになった。


「いいえ。もし私が本当に異世界へ転移してきたのであれば、きっとなにか特別に大きな力によって、必然的に呼び寄せられたに違いありません」


「大きな力?」


「例えば、世界の危機を救うような伝説のゆ……」


 エルミヤさんはハッと息を飲み、俺の顔を見据えてこう言った。



「リュージさま! もしや、魔法使いの『戦闘せんとう奴隷どれい』をご所望なのですか?」




続く


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