第一話 ギリギリ修羅場に魔女エルフ(三)

「なんだって? アンタ、今なんつった?」


「あの、もっとよく見せてくださいませ!」


 そう言うと、その少女は四つん這いのまま、シャカシャカシャカっとものすごいスピードで俺の方に駆け寄ってきた。そして俺の背中をがっちりホールドするやいなや、鼻息がかかるほどの距離まで顔を近づけて、昇り竜の刺青イレズミを食い入るように見回しはじめたのである。


「お、おい、ちょっっ、おま……」


「はぁ……。これがまさしく、伝説の『龍の聖痕』ですのね! この躍動感、まるで生きているようではありませんか! わたくし、これまでにもちょくちょく噂には聞いていたのですが、本物は生まれてはじめて拝見いたしました。こんなにもくっきりはっきりと大きくて強そうでご立派な聖痕をお持ちなところをみると、よほど名のある勇者さまでいらっしゃいますのね! ああ、本っ当に素敵ですわ……。それにしても、聖痕って実際にはこんなにカラフルなお色がついているものなんですの? うーん、やっぱりちゃんと見てみないと、なかなかわからないものですのね……」ぺたぺた。


「あーっ、もういい加減にしろ!」


 勝手に盛り上がって、意味不明なことをまくし立てる少女を、俺は背中から引っぺがした。刺青を目にしただけでこの興奮っぷり、やはりこの娘尋常ではない。


「いいか、アンタがどういうつもりか知らねえが、今はワケのわからねえことをくっちゃべってる場合じゃねえんだ!」


 俺は気を失っている二人のチンピラを部屋の外へ蹴り飛ばして組長室のドアを閉めた。そして、やけに重たいソファーを引きずってきてから、ドアの前に置いて外側から開けられないようにしたのだ。もっとも、これでいったいどれだけの時間が稼げるのかはわからんが。


「とにかく、今は俺の言うとおりにするんだな。でないと……」


 床に尻もちをついたまま、キョトンとした表情をしている少女。その頭から、かぶっていたとんがり帽子がずり落ちていた。それを拾い上げると、娘はなぜか首をかしげつつ、その帽子の内側をじっと見つめている。


「……おい、聞いてんのか?」


「ああっ!」

 突然、少女はとんでもなく大きな声を上げた。


「なんだ?」

「い、今思い出しました! 私の名前! ほら、ここに書いてありますわ!」


 そう言いながら、彼女は帽子の裏を俺に見せてきた。そこには、下手くそな字で「エルミヤ」と書かれていた。普通にカタカナである。


「エルミヤ?」

「はいっ、勇者さま! 私はエルミヤ、『由緒正しいエルフの魔法使い』です!」




「……………………」


 俺は、眉間を指でつまみながら天を仰いだ。いきなり目の前に現れた妙な格好の女から、濃厚なのを連続で食らったせいか、軽くめまいを起こしたようだ。


「あー、なんだ。えーっと……エルミヤさん、だっけ?」

「はい、勇者さま」


 満面の笑みを浮かべながら、明るく朗らかに返事をする「エルミヤさん」。凛として晴れやかなその笑顔に、作為や悪意は微塵も感じられない。そして彼女には、名前を呼び捨てにするのがはばかられるような独特の気品があった。


「とりあえず、その『勇者さま』ってのやめてくんないかな」

「でもぉ私、勇者さまのお名前をお伺いしてないんですもの」

 そう言えば、俺はまだ名乗っていなかったような気がする。そいつは失礼した。


「軍馬竜司だ」

「グンバリュージさま」

「竜司でいい」

「リュージさま」

「で、さっきエルミヤさんが言ってた件をあらためて確認したいんだが」

「なんでしょう」


 非常に切羽詰まった状況だってことは、重々承知している。だが、今これを解決しておかないと、俺の中に後々遺恨を残しそうな気がするのだ。なんとなく。


「まず、『由緒正しい』ってのはどのあたりがだ?」

「あー、それはですね。例えばこれです」

 エルミヤさんは、自分が握っていたなんとも大仰な木の杖を俺に手渡した。


「これは?」

「エル・モルトンといいます。我が家に代々伝わる唯一無二の秘宝で、千年以上も前に作られたものらしいです。私自身がかなり由緒正しくないと、これだけの装備品アイテムは持てないと思うんですよね」

「ふうん」

 たしかに、ものすごい年代物の骨董品アンティークに見えなくもないが、ただの棒っきれジャンクと言われればそうとも思える。どのみち、ヤクザ者の俺にはこんなモノの価値はよくわかりはしないのだ。


「じゃあ、『エルフ』ってのは?」

「それは、私の姿をご覧になればおわかりかと。ほら、この耳」

 そう言いながら彼女は、両手の人差し指で自分の二つの耳を指し示した。それに合わせて、長い耳がピコピコと踊る。


「そのとんがった耳のことを、エルフっていうのか?」

「いえそうではなくて、一般的には非常に身体能力が高いだとか、魔法に秀でた才能を持つであるとか、そういう特徴のある種族のひとつなんです。……リュージさまは、エルフをご存じなかったのでしょうか?」


 彼女があまりにも当然のことのように話すので、逆にそういうものかと納得してしまった。まあ、世界は広い。俺の知らないそんな人々が、どこかにいたとしても不思議ではないだろう。


「不勉強ですまなかったな。あとは、最後の奴だが……」


 そう言ったとき、ドアの向こうから数人の男たちの声と足音が聞こえてきた。ついに、泥縄組の奴らが集まってきたのだ。どうやら、俺たちは少々長く話しすぎたらしい。



「えっと……私なんて言ってましたっけ?」


「たしか、『魔法使い』って言ってただろ」


 鉄砲玉の男たちは、ドアの開閉がソファーで遮られていることに気づくと、力づくで蹴破ろうとして行動をはじめた。この部屋の中に侵入を許すのも、もはや時間の問題だ。

 一方のエルミヤさんは、俺の言葉を聞くと同時に笑みが消え、真剣な目つきになって俺に告げた。


「はい、私は魔法使いです。リュージさま!」


 その時、ドアの外からソファーがずらされ、泥縄組の刺客たちが数人、組長室の中になだれ込んできた。俺はエルミヤさんの肩に手をかけながら、彼女の顔を真正面から見据えて言った。



「じゃ、こいつらを魔法で始末できるよな?」




続く


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