第一話 ギリギリ修羅場に魔女エルフ(二)

「お、おい! アンタいったい、どっから入ってきた?」


 俺は、いわゆる「お姫様抱っこ」のように抱えた状態で、その少女に声をかけた。どうやら気を失っているようで、目をつぶったまま返事がない。


 あまりのことに一瞬呆然としてしまったが、よく考えると今の俺はそれどころではなかった。泥縄組の鉄砲玉軍団、総勢三十人に完全に周りを取り囲まれているのである。俺はその娘を抱きかかえたまま、とりあえずソファーの陰に舞い戻った。


 ふと壁際に視線を落とすと、床に落下して壊れた神棚が転がっている。少なくとも、神棚がこの娘に変身したのではないことだけはわかって、俺はホッとした。



 ペシペシ、と軽く頬を叩いてみたがまったく目を覚まさない。俺は、天窓から差し込む月明かりによって、はじめて少女の姿をまじまじと観察することができた。


 見たところ、大人でも子どもでもない。ざっくり言って、高校生くらいだろうか。サラサラと手触りの良い金色ブロンドの超ロングヘアに、新雪のように白くすべらかな肌。少々ダサめな、大きな丸いメガネをかけている。

 上品で端正な顔立ちから、はじめは欧米人の映画女優かなにかとさえ思ったが、何より俺の目を引いたのはその細長くとがった、奇妙な形の耳だった。


「なんだ、この耳。作りモンか……?」


 そう言いながら、俺は彼女の耳を指でなぞった。かすかだが、ちゃんと体温を感じられる。信じがたいが、これは正真正銘「本物の耳」らしい。


 彼女の服装も、さらに常軌を逸していた。鍔広のとんがり帽子に、漆黒のローブ。華奢な首回りには、ゴツい輪っかのようなアクセサリーがついた革製のチョーカーを装着している。そのうえ手には、古めかしい木製の杖を持っているのだった。


 その全身を見た上で、この少女が何者か、と問われれば答えはひとつ。

 そう、「魔女」だ。ハロウィーンで浮かれた若者たちがよく扮装している、おとぎ話に登場するあの魔女としか言いようがない。



「それにしても……」


 あらためてよく見てみると、この少女はなかなかに魅力的なプロポーションをしている。ゆったりとしたローブの上からでも、丸々と熟した二つの果実の輪郭が想像でき、ほのかに甘い香りさえ漂ってくるようだ。そういえばこのところの俺は、アッチの方はすっかり「ご無沙汰」である。


 暗殺者に包囲されているという極限状態にもかかわらず、俺は息を飲んで彼女の胸元に手を伸ばした。


「ん……うんん……」


 指先がそのふくらみに触れるか触れないかのタイミングで、少女のその唇からかすかな声が漏れた。俺は反射的に、自分の腕を引っ込めた。と同時に、背後のドアが乱暴に開かれる音がした。


「おい、こっちだ! 軍馬竜司、ここにいたぜ。なあ、最初にった奴に組長オヤジから賞金ボーナス出るんだろ?」

「ああ。……なんだコイツ、この期におよんで女とイチャついてやがる!」


 俺はその声に振り向くと同時に、手にしていた長ドスを振るった。いつの間にか組長室に、二人のチンピラ風の男たちが侵入してきていたのだ。男たちは体をよじって切っ先をかわすと、手にしていた拳銃をこちらに向けた。


野郎ヤロッ!」


 構えに入る一瞬のスキをついて、俺はチンピラの拳銃を手刀で叩き落とす。同時に、その男の手をひっつかむと、もう一人のチンピラめがけて一本背負いの要領で放り投げたのだ。

ちなみに、俺の身長は百九十センチオーバー。どう見ても百六十そこそこの貧弱なチンピラどもは、俺の渾身の投げ技をまともに食らって二人とも気を失った。


「馬鹿なガキどもだ。次からは、標的ターゲットに声をかける前に撃つんだな」


 気絶したチンピラのそばから拳銃を取り上げたが、正直俺にはうまく使いこなせる自信がまったくない。少々名残惜しいが、部屋の隅のゴミ箱に放り込んだ。



「あのぅ、ここは……」


 ようやく目を覚ました少女は体を起こし、床に手をついたまま俺の方を見ていた。なんだ、ちゃんと日本語ことばが喋れるんじゃねえか。


「おう、気がついたか」

「もしや、あなたがわたくしを守ってくださったのですか?」

「ん? ま、まあな」


 その見た目からするに外人さんかとも思ったが、なんのことはない。流暢に会話ができていることに安心した俺の口元から、かすかな笑みがこぼれた。


 どうやらこの娘は、俺がチンピラたちを倒すところを、おぼろげに見ていたらしい。気を失っていた彼女に、一瞬でもよこしまな感情を抱いたことについては黙っていることにした。


「その人たちは……いったい?」


「俺の命を狙ってる悪漢どもだ。俺はちょっとした有名人でな。この街の秩序を乱す『ならず者集団』に正義の鉄槌を下してからこっち、奴らからとんでもない賞金を懸けられてるのさ」

……一応、ウソはついてない(と思う)。


「そうだったんですか! 平和を愛する、ご立派な方でいらっしゃいますのね。助けていただき、本当にありがとうございました!」


 育ちがいいのか生まれつきなのか、やたらと上品な話し方をする娘だ。しかし、その口調に嫌味なところは感じられず、印象は悪くない。


「ところでアンタ、いったい何者ナニモンだ? どっから来たんだよ?」


「私は……えっと……あの………………何でしたかしら?」


 そう言ったまま、娘はうつむいて口ごもってしまった。だがぼやぼやしているうちに、すぐにも追加の鉄砲玉がやってくるのは明白だ。俺は軽く息を吐くと、着ていたシャツをその場に脱ぎ捨てた。


 本来なら、一枚でも多く着ていたほうが防御的に有利なことはわかっている。だが任侠道を生きる俺にとっては、これは戦いの前に自分を鼓舞するための、いわば儀式セレモニーのようなものだ。俺の背中に彫られた「昇り竜」の刺青イレズミが、月の光に照らされて鮮やかに舞い踊った。



「さて、と。一丁いっちょヤってやるか」


 俺はいずれこの部屋に近づいてくる男たちを迎え撃つべく、床に転がっていた長ドスを拾い上げてから、少女に背を向けて仁王立ちになった。


「アンタ、死にたくなけりゃ、そっちの陰に隠れてな」


 だが彼女は俺の言葉には答えず、激しく動揺した様子で、なんとも不可解な単語をつぶやいた。


「そ、その『りゅう聖痕せいこん』は……!」

「ああ?」



「もしや、あなたは……『伝説の勇者さま』?」




続く


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