第三話 ハラが減っては魔法が使えぬ(二)
「よう、ひさしぶりだな」
「そうですね。お仕事、お忙しいんですか?」
「ま、ぼちぼちな」
そんなやりとりを交わしながら、その店員の女の子は、俺のそばにいるエルミヤさんの姿に気がついた。やべっ、
「竜司さん、そちらのかたは……」
「あー、北欧のアメリカから俺んちにホームレス? とかで留学しにきてるアレで、つまりなんだ」
我ながら、わけのわからないことを口走ってしまった。他人からいきなり関係や素性を聞かれた時のために、ちゃんと考えておけばよかった。
「エルミヤと申します!
途中まで言いかけたエルミヤさんの口元を、俺はあわてて手のひらで覆った。
(今後、『奴隷』と『魔法』と『異世界』は
(ふぁい)
「……とにかく、この娘は外人さんでな。ちょっとした関係で俺が預かってるんだが、日本はまだ不慣れなもんで」
「そうなんですか。私は、
「ちょっと待ってください! 私、少しだけなら漢字も読めるんですよ」
エルミヤさんは、彼女の胸についている「前園優」と書かれた名札を指さしながら、眉間にしわを寄せて数秒間考え込んだ。
「えーっとこれは……『まえ・ぞの・ゆう』さんですよね!」
「ああー、惜しいな」
「ちょっと違います」
「えっ、ホントですか? ……あ、もしかして『まさる』さん?」
「よく間違えられるんですけど、優と書いて『ゆたか』って読みます。
「女の子にしちゃめずらしい読み方だが、いい名前だよな、
「ふふ、ありがとうございます、竜司さん」
「んん-? なんだかお二人って、すっごく仲がおよろしいんですねぇ」
エルミヤさんは、俺と
「そうか?」
「そりゃそうですよね。だって竜司さんは、私の恩人なんですもん」
そう言って、
彼女はチャーミングな顔立ちで性格もハキハキと明るい、この店のいわば看板娘的な存在だ。髪型は、清潔感のある黒髪を切り揃えたセミロング。たしか昔は「姫カット」なんて呼ばれ方もしていたか。
学校終わりの数時間だけのパートタイマーだが、レジ打ちでたびたび顔を合わすうちに、俺たちは親しく話をするようになった。
ある時彼女は、いかにも偏屈そうな大声の爺さんに、この店の品ぞろえや商品の賞味期限について、長時間ネチネチと難癖をつけられていたことがあった。まだこの店で働きはじめて間もなかった頃で、涙を浮かべてうつむいていた
もっとも俺のやったことと言えば、その爺さんの言い分がいかに的外れなものであるかを、懇切丁寧に説いたくらいだ。ただ、相当ムカついていたその時の俺の表情が、いったい相手にどれほどの威圧感を与えたかまでは知る由もない。
ちなみにその爺さんは、その後安か郎にはまったく姿を見せていないとのことである。
「なるほど。リュージさまのお顔は、そうやって世の中のお役に立っているんですねえ」
「ほっといてくれ。……ところで
「あ、はい、こちらです!」
売り場まで案内された俺たちは、そのまま
「
「そうだな」
この風貌や格好から、少なくとも俺が任侠者、いわゆるヤクザであるということは気づいてはいるはずだ。だが彼女はそんな俺を前にしても、なぜかちっとも動じない稀有な存在である。そのことをエルミヤさんに話すと
「あまり、見た目を気になさらないタイプなんじゃないですか? 私のこの姿を見ても、とくに驚かれなかったようですし」
たしかに。今どきの女子高生にとっては、魔女スタイルにエルフ耳のメガネ少女など、とくに騒ぎ立てるほどでもないのかもしれない。やはり、俺の感覚が少し古すぎるのだろうか。
俺とエルミヤさんは買い物を詰め込んだカートとともに、店内をほぼ回り終えていた。
「あとは……米だな」
「はい、お米お米……。あ、見てくださいリュージさま。これ、他のに比べてすごくお安いですよ!」
「おお。たしかに安い、が……こりゃ外国産だな。食ったことないが、大丈夫なのか?」
俺は、米のパッケージに書かれた原産国の表記を読みつつ言った。
「外国産だとお安いんですか?」
「そりゃ、日本の米の方が品質がいいんだろ。銘柄とか味とかな」
「でも、『お米』という意味ではおんなじなんですよね?」
「まあな」
「それなら、別にこっちのほうでもいいのではないですか? 生まれた国は違えど、ひとつの星という観点から見れば、どのお米もおんなじ星の出身ですよ」
「すげえグローバルな考え方だな。じゃ、これにするか」
「二袋買っておきましょう」
エルミヤさんは十キロの米袋を軽々と両肩に乗せて、足早にレジへと向かった。見かけによらず、かなり力持ちの娘だ。
スーパー安か郎での買い物を済ませ、帰りの車中にて。エルミヤさんは、運転中の俺にこう話しかけてきた。
「リュージさま。私が以前申し上げたことなんですけど、覚えていらっしゃいますか?」
「なんだ?」
「私とリュージさまの、戦闘奴隷の神従契約のことです。契約が解除される条件について、お話ししましたよね」
「ああ。たしか、俺の『大願成就』がかなった時だとかなんとか」
「ええ、そうです。それで、私考えたんですけど、これからはもっと『人助け』をすべきなのではないかと」
「なんだって? 『人助け』?」
またこの娘は、突拍子もないことを言い出したな。なんだよ「人助け」って。
「はい。リュージさまと私が、困ってる人をどんどん助けることで、世の中の平和と安寧に貢献したとみなされるんじゃないかなって」
「世の中に貢献ねえ……。ヤクザとは真反対の気もするが」
「でもリュージさま、おっしゃっていたではないですか。『ヤクザとは、生きざま』なのだと。その生きざまは、人助けとも両立するのではないですか?」
「うーん……。どうだかなあ」
「まあ、これからも隷属の鎖で、私と一生つながれたままでもいいとおっしゃるのなら、別にかまわないんですけど」
それは困る、と答える前に車は俺のマンションに到着した。
「お疲れさまでした、リュージさま。引き続き、晩ごはんの支度もよろしくお願いいたしまーす!」
苦虫を嚙み潰した表情の俺に向かって、エルミヤさんは甘えた仔犬のような笑顔でそう言った。
続く
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