第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(六)

「あのっスねぇ……だいたい、なんで本官ジブンが見ず知らずのお嬢さんに、わざわざそんなこと教えなきゃなんないんスか?」


 オガタの表情はと言えば、不満七割に困惑三割といったところ。せっかく一件落着しそうだったのに、どうしてこの娘はそんな話を聞きたがるんだ?


「なあエルミヤさん、もうそこらへんでやめといたほうが……」


「あら、別にいいじゃないですか。リュージさまも、どうしてご自分ばかりオガタさんに目のかたきにされているのか、聞きたくありません? それに……」


「な、なんスか?」


「私、思うんです。ひょっとしてオガタさんはむしろ本心では、ご自分からそれを言ってしまいたいんじゃないか、って」


 そう言いながらエルミヤさんは魔法の杖、エル・モルトンを握りなおし、その先っぽをオガタの顔の前へゆっくりと近づけていった。そして目を閉じると、小さな声で呪文の詠唱をはじめる。


「や、やめるっス!」


「大丈夫ですよ、オガタさん。心を落ち着かせて、この杖の先を見て――『告白魔法コンフェッション』!」


「――!――」


 その瞬間、杖の先端が眩い光を放った。と同時に、オガタの目から光が消えた。うつろな表情のまま、どこを見るともなく立ちつくしている。どうやら、エルミヤさんの魔法にかかったらしい。



「さ、オガタさん。まずはリュージさまとの最初の出会いから、お話いただけませんか?」


「――はい。私が軍馬竜司さんに初めてお会いしたのは、この交番に配属されてから一週間ほど経った日のことです――」


 わ、「私」だと? ていうか、オガタが語尾にすっスすっスつけないで話すのを初めて聞いた。


「その夜、泥酔したチンピラさんたちが三人ほど、街中でイザコザを起こしまして。うちの交番に保護されたんです。聴取の結果、はす向かいの針棒組の所属ということでしたので、私がそちらに連絡して。その時、たまたま身元引受人として来てくれたのが、竜司さんでした――」


「そうだったんですか」

「全然覚えてねえなあ」

「で、その時のリュージさまって、どんな印象だったんでしょう?」


「それがもう私、一目見てびっくりしてしまって! スラっと背が高くて筋骨隆々で。キリっとした中にもどこか優しげな目が、まるで俳優の江口洋介みたいで――」


「エグチヨースケ?」

「ああ、江口洋介は、俺も昔からわりとよく言われるな」

「二十歳若くて、身長百九十ある江口、だよな」

 俺の証言に、いちおう伍道も賛同してくれた。けっして自慢するわけじゃないが、俺はまあまあカッコいい。


「それで、どうしたんですか?」


「はい。こんなに凛々しくて強くて素敵な人が、自分の職場の近くにいるなんて! って、私なんだか嬉しくなってしまって。それからというもの、街中で竜司さんを見かけるたびに、自然と胸がときめくようになって――けれども、哀しいかな彼は、任侠集団・針棒組の若頭――」


 いつものハツラツ体育会系の彼女とは、まるで別人のような口調で話すオガタ。エルミヤさんも伍道も、興味津々で聞き入っている。


「私は警官、彼は極道。住んでいる世界が、まったく正反対の私たち二人。もういっそのこと、この気持ちをすっぱりあきらめてしまおう。そう、何度も何度も思いました。でも逆に、彼に恋する熱い想いは日ごとにつのってゆくばかり――」


 その時、ヒューッという音が聞こえて、なにかと思ったらエルミヤさんの口笛だった。うぜぇ。


「だから私、ある時決心したんです! いつかこの手で彼を逮捕して、社会的に立派に更生させてみせる。そして、真人間として生まれ変わった竜司さんと、ともに手と手を取り合って愛を育んでゆくのだと! そうすれば私のお父様や家族も、竜司さんと結婚することだって、きっと許してくれるに違いありませんから――」


 まるで宝塚歌劇団タカラヅカのトップスターのように、大仰な振り付きで長々と台詞セリフを語るオガタの目から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。この女、意外と演技派である。



「ということですけど、どうでしょう? リュージさま」

「……つーか、なんも言えねぇ」

「しかし、どエライ計画を聞いちまったな、竜司。まさかこの尾形ちゃんが、ここまでお前に惚れてたとはよ」


 朝から晩まで双眼鏡で俺を監視し、何かというと全力で突っかかってくるあのオガタの本心を知り、なぜか妙にホッとしている俺だった。



「えっと、じゃあついでにもうひとつ。もし、晴れてリュージさまとご結婚されたら、オガタさんはどんな夫婦生活を送りたいと思っていらっしゃるんですか?」


「そ、そりゃもう、子供は最低でも三人はほしいっス! 竜司さんのあの太くてたくましい腕に抱かれて、毎晩毎晩この【ピー】をいっぱい【ピー】してもらって、そしたらジブンもお返しに【ピー】を【ピー】したら【ピー】が【ピー】になって、その後はひたすら朝までずーっと【ピーーーーーーーーーー】っス!」


……内容が内容だけに、一部の単語を伏せさせてもらったが、もちろん俺たちには直接オガタの生の声が聞こえている。ていうか、いつの間にか奴の口調が元に戻ってるんだが。


「オガタさん? も、もう結構ですから!」

 オガタの赤裸々な欲望の発露に、耳まで真っ赤になったエルミヤさんは、あわてて指をパチン! と鳴らした。するとオガタは、ハッと目が覚めたように正気を取り戻したのだ。



「……えっと、ジブンはいったい何を……。あの、みなさんもしかして今の話、聞いてたんっスか?」


「聞いてた、っていうかごめん尾形……。ぜんぶっちゃった」


 これまでずっと黙ったままだった嶋村は、自分の携帯スマホでオガタの告白の一部始終を録画していた。後で、何かに使えるとでも思っていたのだろうか。

 だがあまりにも衝撃的な内容だったため、彼女もあきらかに動揺しているようだ。


「い……」


 嶋村の言葉を聞き、焦りの色を隠せないオガタは、制服のベルトに装備したホルスターへと手を伸ばした。


「イヤぁーーーーーーーーーーーーーーーーっス!」


 オガタが嶋村に向けて拳銃を構えるのとほぼ同時に、俺と伍道は彼女に飛びかかった。




――あの騒動から丸一日。


 結果から言うと、幸いなことに人的被害も物的被害もほとんど発生しなかった(弊社ウチの玄関ガラス以外には)。


 俺と伍道は、錯乱したオガタが銃を発砲する前になんとか取りあげることができたが、狂ったように暴れ回る彼女を完全に停止させたのは、エルミヤさんが咄嗟にかけた魔法の力だった。


 なんでも、「水晶捕縛魔法クリスタルバインド」と呼ばれる非常に高度な魔法で、その掛け声とともに発生した巨大で透明なガラスの柱のような物質の中に、オガタの体は丸ごと閉じ込められたのである。そのまま彼女は、病院へと緊急搬送されることとなった。



「で、オガタの容態はどうなんだ? 無事なのか?」


「ああ、まったく問題ない。長時間変な体勢でガッチリ固められてたせいか、しばらくは安静とのことだがな。まあ二日もすりゃ、ピンピンして出てくんだろ」


 オガタの見舞いから組事務所へと帰ってきた伍道が、その様子を俺たちに話してくれた(もちろん嶋村紗矢香には、エルミヤさんの件に関して、因果を含めて厳重に口止めさせたことは言うまでもない)。


「それよりも、嶋村ちゃんに聞いたんだが、今回あれだけやらかした尾形ちゃんの処遇、どうなると思う? 聞いて驚け、なーんもおとがめナシ、だってよ」


「はあ? マジかよ?」


「退院したら、またあそこの交番で引き続き勤務だとさ。まさに警視総監の父親への警視庁の忖度、ここに極まれり、だな」



「伍道さま、私……」

 心配そうに、エルミヤさんが伍道に声をかけた。


「おう、エルミヤさん! あんた、ずいぶんと不思議な力を持ってるんだなあ。竜司がそばに置きたがる気持ちもわかるぜ」


「別に、そういうことじゃねえよ」

 俺は伍道の言葉を、即座に否定した。


「あ、あの……できれば、このことはご内密に……」


 だが、伍道はエルミヤさんの言葉には答えず、人差し指を立てて口の前に当てたまま、軽くウインクをした。そしてそのまま奴は、経理部へと戻っていった。



「なあ、エルミヤさん。ひとついいか?」

「はい、リュージさま。なんでしょうか」


「どうしてオガタから、あんなことを聞き出そうとしたんだ? わざわざ心を操る魔法までかけてよ」

「ああそれは、単純に知りたかったからです。ひょっとしたら彼女、リュージさまのことがお好きなんじゃないかなって。でも、まさかあんなに『告白魔法コンフェッション』が効くとは思わなかったですけど」


「ま、根が単純だからだろ?」

「ですね」


 エルミヤさんは、そう言って笑った。


 俺は「なぜオガタが俺を好きなことを知りたかったのか」ということについては、あえて追求しなかった。




第三話に続く


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