第二話 おバカでヤバすぎギャル警官(五)

「あーあー、尾形ったら……。もお、どうして玄関壊しちゃったのよ! これ自動ドアなんだから、一秒待てば普通に開くのに」


 そう言いながら、オガタの後からもう一人の女性警察官が姿を現した。彼女も、俺がよく知っている顔だ。


「嶋村センパイ! 申し訳ありませんっス! 事態はとにかくキューをヨーしていたもんっスから、つい勢いで」


 華やかで元気印のオガタとは対照的に、糸目で地味顔の彼女の名は嶋村しまむら紗矢香さやか、二十八歳。階級は巡査長で、新米オガタの教育係という、最悪な貧乏クジを引いてしまった超絶不幸な先輩警官だ。


「あっ、針棒組のみなさん、どうもすみません! ウチの者が、大変ご迷惑をおかけしまして……。私も何度も止めたんですけど……ほら、尾形! やっぱり、今日のところはおとなしく帰ろ、ね? いい子だから」


「イヤっスイヤっス! ゼッタイ逮捕するっスーーーー!」


 なんだこの会話は。



 じつは俺はこの嶋村紗矢香から、オガタについての逸話(というかほぼ愚痴)をいろいろと聞かされている。


 まず、にわかには信じられない話だが、こう見えても尾形向日葵という女は、警察学校を断トツ一位の成績で卒業。知力体力精神力、すべてに秀でた超エリート警官なのだという。

 ただ、正義感と責任感にあふれまくっており、この交番に着任当初からとにかく全方向に向けて暴言暴走暴発。つねに、街中でのトラブルが絶えないという有様だった。


 オガタのしでかしたおもな悪行としては、パトロール中に朝晩関係なく特大ボリューム(地声)で防犯標語を連呼する、官給品の自転車ママチャリを足代わりにいつでもどこでもどんなところにも入っていく、ケンカの仲裁で双方平等にボコった挙句に周りで煽っていたヤカラまでまとめて手錠ワッパをかけまくる――などだ。


 そしてもちろんこの俺も、奴からさんざん迷惑をこうむっている善良な市民の一人である。


「いくら優秀か知らねえけど、どうしてあんな問題警官がクビにならねえんだ?」

 その疑問に対する嶋村からの答えは、なんとも驚くべきものだった。


「じつは、尾形の父親って――現職のなんですよ!」


「警視総監? 警視庁のトップじゃねえか」


 さらに父親だけではなく、オガタの叔父や兄たちもみな揃って上級警察官僚。尾形家は、業界でも有名な警察一家であるらしい。そのため(かどうかは定かではないが)、警視庁内部から勝手に忖度されて、奴はほとんど野放し状態となっているのだそうだ。

 そしていまのところ、オガタの引き起こす騒動の後始末に関しては、教育係である嶋村紗矢香にすべて一任されており、彼女は胃の痛い日々を送っている。現在は一刻も早い寿退職を望み、本気で婚活に励んでいるとのことである。


(はぁ……。もう嫌、こんな生活……)



「つーかよ、オガタ。俺を逮捕するって言うが、そもそも逮捕状オフダは持ってんのかよ?」

 俺の言葉に、周りにいた社員(組員)たちも同調して叫びだした。


「そうだそうだこの野郎!」

「ナメたこと言ってんじゃねーぞ!」

「シバきまわしたろか、このクソアマがぁ!」


「しゃらくせーっス! 雑魚ザコは引っ込んでいろっス!」

 負けじと、オガタの方も反撃に出る。強面コワモテ揃いの男たちに対し、一歩も引く様子はない。


「なんだとコイツ?」

「ざけんなコラァ!」


「現行犯っス! ネタは上がってるっス!」


「はあ? いったい俺が何したってんだよ!」


「しらばっくれるんじゃないっスよ。お前はそこにいるお嬢ちゃんに首輪つけて、そこらじゅう引きずり回してる極悪人っス。軍馬竜司、未成年者略取誘拐の現行犯で逮捕するっス!」


 オガタは俺の方を指さしつつ、手錠を振り回しながら叫んだ。




 思わず俺は、すぐ後ろにいるエルミヤさんのほうを振り返った。


「?」


 彼女は自分が急に話題に上ったことがイマイチ理解できていないらしく、ただ目を丸くしながら呆然とつっ立っている。


 しかし、まいったぜ。この娘のいろいろな件が、ウチの組員たちに知られるのはいろいろとマズい。


「マルっ!」

「へいっ! 会議室ビーをお取りしてありやす。ごゆっくりどうぞ!」

 なかなか、物わかりのいい奴だ。俺はエルミヤさんとオガタと嶋村をともに連れていき、会議室のドアを全力で閉めた。



「いったいどういうことだ、オガタ!」


本官ジブンは交番勤務中に双眼鏡を使って、お前が悪事に手を染めていないか毎日監視チェックしてるっス。そしたらなんとこの男は、いたいけなお嬢ちゃんの首に鉄の鎖をつけて、事務所の中を四六時中連れ回してるじゃないっスか! 卑劣にもほどがあるっスよこの変態野郎!」


「ということなんですけど、竜司さん。本当なんですか? その女の子っていったい――」


 そうか。エルミヤさんの秘匿魔法カモフラージュも、遠方からの視線には通用しない。何かの拍子に俺たちの間が三・五メートル離れてしまって、隷属の鎖が出現したところをオガタに見られちまったということか。たしかに、そのは普通にヤバすぎる。


「い、いや、なんだ、この子は、俺の秘書で、えっとつまり……」


 うっかりド正直に「じつはこの娘は異世界からやってきた由緒正しいエルフの魔法使いで、伝説の勇者であるこの俺の戦闘奴隷なんすよ」などと言おうものなら、刑務所を飛び越えてしかるべき隔離施設にぶち込まれても不思議はない。


「言い訳は無用っス! とっとと逮捕っス!」

「リュージさま……」


 頭が真っ白になってしどろもどろになった俺と、手錠をかけようと詰め寄るオガタ。その時、会議室のドアをノックする音が聞こえた。



コンコン!


「――おう、どうした竜司。ちょっと開けろ」

「ご、伍道さま!」


 それは我が盟友、雷門伍道の声だった。エルミヤさんは、救いの神を招き入れるようにドアを開けた。


「はいはいはい、尾形ちゃんよ。いったい何があったんだ?」

 伍道はなだめるように手を叩きながら、オガタに声をかけた。


「邪魔しないでほしいっス。軍馬竜司を、未成年者略取誘拐の現行犯で逮捕するところっス!」


「略取誘拐って、この子をかい?」


 伍道は、エルミヤさんのほうを指さしながら言った。

「あのなあ、尾形ちゃん。刑法第二百二十四条、未成年者略取及び誘拐は親告罪だ。この子もしくは親権者から告訴状でも出てない限り、現行犯逮捕はできねえぜ?」


「……は? ま、マジっスか?」


 伍道の言葉を聞いて、あわてて携帯電話でどこかに連絡を取る嶋村。数分後、電話を切った彼女は残念そうな顔をしながら、オガタに向けて指で小さくバッテンを作った。


「ええーーーーーーーーっス!」


 会議室に、オガタの絶望の悲鳴が響き渡る。


 それにしても、さすがは針棒組きっての頭脳派だ。だがまさか、奴がここまで法律にくわしいとは思わなかった。俺はただ、伍道の底知れない知識に敬服するしかなかった。


「嶋村ちゃんに尾形ちゃん。ま、今日のところは俺に免じておとなしく帰ってくんないか? そしたら、ウチの玄関をぶち壊した件についても、不問ってことにしとくからよ」


「わかりました。では申し訳ありませんが、詳細については署の方から後日またあらためて……。さ、帰るよ尾形」

「はいっス……嶋村センパイ……」


 力を落とし、うなだれたオガタが部屋を出ようとした時、彼女を呼び止める声がした。



「オガタさん!」


 それは、エルミヤさんだった。彼女はオガタのもとに駆け寄ると、その手を取ってこう言った。


「オガタさんは私のことを心配して、わざわざやってきてくださったんですよね。本当にありがとうございました!」


「いや、別に……そういうわけじゃないっス、けど……」

 オガタは、予想外の相手から礼を言われたことに、少し戸惑っているようだった。


「でも、どうしてそんなにリュージさまに執着していらっしゃるんですか?」


「え? いや、とくに意味なんてないっスよ」

「エルミヤさん、いったいどういうことだ?」


 エルミヤさんは木の杖エル・モルトンの先を頬に当て、オガタに向かって微笑みかけた。


「もしよければ、聞かせていただけませんか? その理由を」




続く


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