第15話 神様が創った世界の法則
僕は生徒手帳を見返す。
そこにはスージーが教えてくれた島民の魔法がすべて書いてある。
この中の誰かの魔法で扉を開けたのではないか。そう考えて一つ一つ確認していく。
「【針の穴に糸を通す魔法】で鍵穴に糸を通して鍵を開けることはできない?」
「その魔法は、針の穴以外に糸を通せません」
「こういうのはどう。【洗濯の魔法】で大量の水を操って扉の下の隙間から魔導書を流す。それから【乾燥の魔法】で書庫内の水分を飛ばす。そうすれば誰にも気づかれないと思うんだ」
「どちらも衣服を洗濯したり乾燥したりする以外には使えません。それに魔導書は厚みがある本なので、扉の下からすり抜けることは難しいと思います」
どの魔法にも扉を開ける効果はなく、応用しても組み合わせてもダメらしい。
その後も扉を開ける方法について議論するが、これだという答えは見つからない。
「ちょっと休憩していいかな?」
僕は大きく伸びをして尋ねる。
「はい。私も少し疲れちゃいました」
スージーは、ローブのポケットに手を伸ばしながら答える。
僕らはチョコレートで気力体力の回復を図る。程良い甘さが疲れた脳に効きそうだ。
「あっ」
「どうかしましたか?」
「ううん。べつに大したことじゃないから」
「教えてください。すべて話してほしいと言ったのは、ナナツナ様ですよ?」
それを指摘されると弱い。
話さなければいけない空気になったので口を開いた。
「僕のいた世界の図書館では飲食禁止なんだけど、こっちではどうなのかと思って……」
やめておけばよかった。
今さらこんなどうでもいいことを話しても意味がない。
「この図書館も飲食はダメです。でも今は例外ですよ。気にしないでください」
スージーの優しさが痛い。
これならいっそ呆れてくれた方がよかった。
だが、おかげでもう一つ気づいた。
今度はくだらないことじゃない。大事なことだ。
「この世界の決まりには、例外ってないのかな」
「それは、人に危害を及ぼす魔法のことですか?」
「魔導書は人の名前を呼ぶだけで体を奪ったり本に封じ込めたりできるんだよね。それなら、魔法使いも鍵を開けたり壁に穴を開けたりする魔法を使えるんじゃないかと思って」
あまり大きな声では言えないけれど、この島には本名を隠す習慣を守らない人だっている。だったら世界の決まりを破る魔法使いが一人や二人いてもおかしくないと思う。
「不可能です」
あまりにすぐ否定されたので失礼なことを考えているのを見抜かれたのかと焦った。
「ナナツナ様。この世界の決まりと魔法の関係性についてお話しさせてください」
彼女の提案によって開かずの書庫を離れて書架へ移動することになった。
本棚にはさまざまな本が収まっている。動物の革の
「ありました。これです」
スージーが棚から辞典のように分厚い本を引っ張り出す。閲覧席まで運ぶとその本について説明してくれる。
「この本には世界のことや魔法に関することがすべて載っています。私も母から数字の魔法を習う時に読みました」
「魔法の教科書みたいなものだね」
僕もこれを読んだら魔法を使えるようになるだろうか。
しかし、ページをめくってすぐに記号のような文字が埋めつくされているので断念した。
「最初に記されている一文を読みますね。『魔法使いは人間に危害を及ぼす魔法を作成および使用することができない』。これを世界の法則と言います。今までにこの法則を破ろうとした人は、世界中にたくさんいると思います。でも、どんなに高い魔力を持つ魔法使いでも決して破ることはできなかったと聞いています」
僕は記号の羅列を目で追いながらスージーの声に耳を傾ける。
「魔法使いの習慣や文化は時代や土地によって変わります。この島の魔法使いは今も昔も呪文を唱えますが、別の島では呪文を書いた手を空中にかざします。大陸では、最近になって呪文を必要としない魔法が作られたという話も聞きます」
地域によってそれぞれ特徴があるのか。
「でも世界の法則だけは違います。時代や土地が変わっても決して
スージーがはっきりと断言するので僕はしっかりとうなずいた。
魔法が万能ではないとは聞いていたけれど理解が足りていなかった。
いや勘違いしていた。
守る守らないの問題ではなく、そういうものとして受け入れる前提条件だったんだ。僕の世界に置き換えるなら木から落ちたリンゴが必ず地面に落ちるようなものだろう。
しかし世界の法則は魔導書には適用されないのか。
人に危害を及ぼすどころか世界に危機をもたらしているというのに。
「ナナツナ様は神様を信じていますか?」
「えっ? 神様?」
突然なんの
「この世界を創った神様は、それぞれの生物が快適に暮らせるように能力を与えたと言われています。鳥は空を自由に飛べるように翼を、魚は水中で呼吸ができて泳げるようにえらとひれを、そして人間には魔法が使えるように魔力を与えました」
ページをめくると鳥や魚、人間などの絵といっしょに文字が載っている。たぶん、それぞれの生物に与えられた能力のことだろう。その他にも六本脚の動物や見たことのない奇妙な形の生物の絵も描かれている。
「しかし神様は
スージーの口から次々に新しい情報が提供される。
僕の小さな脳ではすぐには処理できず、情報をあふれさせてしまいそうだった。
「やはりこんなこと信じられませんよね」
「ううん。よかったらもっと教えて。なにか考えるきっかけになるかもしれない」
異世界の神様にも個人的に興味がある。一言一句聞き逃さないように姿勢を正す。
「ナナツナ様。これを見てください」
スージーが指さすところには、開いた状態の本の絵が描かれている。その横に書かれた文書が長いのは、それだけ与えられた能力が多いからだろうか。よほど神様のお気に入りらしい。
でも、まさかこれって……。
どうか勘違いでありますように、と手を合わせて祈る。
「魔導書は神様によって創られた特別な存在です。だから高い知能と豊富な知識、人の言葉を話す力や人に危害を及ぼす魔法を持っていると言われています」
人間のちっぽけな願いは跡形もなく消え失せた。
世界の法則を創ったのが神様なら、それを破って危険な魔法を与えることも可能だろう。神様に人間の理屈が通用しないのは、こちらの世界でも同じらしい。
「魔法使いたちが世界の法則を守るように監視して、もし法則を破ることがあれば
ここが図書館ということを忘れて大声をあげそうになる。
しかし驚くなという方が無理だ。
敵が本ではなく神だと考えたらまた怖くなってきた。
伝説の魔法使いならともかく、ただの人間なんかが神の使いを倒したらどうなるだろう。罰が当たらないかな。
ダメだ。また弱気になっていた。
僕は右手の小指を見てスージーとの約束を思い出す。
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