第21話 七つ名の魔法使いとは?

 しばらく倉庫や各部屋を見て行きながら別の場所へ移ることにした。スージーが先に階段を下りたのを見届けてからポチが小声で話しかけてくる。


「ナナツナのにいちゃんに話しておきたいことがある」


 なんとなくスージーには話しづらい内容だと察した。


「俺は人間に興味はあるが、魔法のことはほとんど知らねぇ」


 僕は黙ってうなずいて見せる。


「だから、あの子の母ちゃんが絶対に犯人でないと信じることはできねぇ」


 さすが厳しい自然界で生き抜いてきた妖精。そう簡単には情に流されないらしい。神様から与えられた『生きる力』は、こんなところでも活かされているようだ。


「俺が信じているのは仲間だけだからな」


 それもわかっている。

 異世界から来た僕はただの人間だし、スージーは妖精と同じ島の住人とはいえ魔女だ。同じ人間同士でも分かり合えないことがあるのだから。種族が違うなら信用できないと言われても仕方ない。


 けれど少し寂しい。

 できればポチとは、種族を越えた友達になりたいと思っていたから。


「勘違いするなよ。仲間っていうのは妖精だけじゃねぇぞ」

「え?」

「俺は、ナナツナのにいちゃんとスージーのねえちゃんも仲間だと思ってるぜ」

「ポチ……」


 右肩の辺りを飛んでいるポチに目を向ける。相変わらず黒い体毛で見えないが、きっと僕と同じように笑顔を見せてくれていると思う。


「でも僕は伝説の魔法使いの子孫じゃないよ。それでも信用してくれるの?」

「当然だろ。あんたはチョコレートをくれたじゃねぇか」


 冗談なのか本気なのかわからず、うっかり階段を踏み外しそうになった。

 そういえば妖精は、情に流されなくても食べ物には簡単に釣られる生き物だった。


「おいおい。大丈夫かよ。そんなんで魔導書を見つけられるのか?」


 まじめな話をしたり調子がいいことを言ったり、この変わり身の速さも『生きる力』の一種なのかもしれない。きっと妖精はどんな過酷な環境に置かれてもしぶとく生き抜きそうだ。


「がんばるよ」


 最後の階段を下りきってから答える。

 少しでも笑える余裕ができたのはポチのおかげだ。


「ところで、七つ名の魔法使いって何者なんだろう」

「急にどうしたんだよ。そりゃ魔法使いって言うくらいだから魔法使いなんだろ」

「それはそうなんだけど、妖精の間で語り継がれていることってない?」

「ねぇな。昨日の夜にじじいが聞かせてくれた話と洞穴に描かれた絵くらいだ」


 なにか参考になる情報が得られたらよかったが、残念ながらそう上手くいかなかった。


「七つ名の魔法使いの正体について。僕なりにいくつか可能性を考えてみたんだけど……」

「そういうのは俺に聞かれてもわかんねぇよ」


 話している途中だったのにポチが忙しない様子で飛び始める。


「俺は頭で考えるのが苦手なんだ。それより体を動かす方が性分(しょうぶん)に合ってるからな」

「そのわりに人間の言葉をペラペラしゃべってるよね。すごいと思うよ」


 妖精にとって異なる種族の人間の言語を覚えることは相当な苦労があったと思う。外国語をいくつも習得できる人でも犬や猫の鳴き声を完璧に理解してしゃべることはできないように。それこそ努力でどうにかなる問題ではないだろう。


「そりゃ妹のおかげだ」


 ポチが正面に浮かんだまま静止する。


「あいつは頭がいいから人間の言葉をすぐ覚えた。俺も興味はあったが、頭が悪いから何度もやめようと思ったぜ。だけど、諦めないで熱心に教えてくれるからなんとか覚えたんだ」


 ポチはそれだけ言うと、すぐに玄関の方へ飛んでいく。


「はあ……」


 危なかった。

 あのまま話を続けていたら、神様から与えられた才能のおかげと言っていたかもしれない。ポチの努力も妹さんの献身も無視するなんて……それはあまりにも失礼だ。


「伝説の魔法使いとは……七つ名の魔法使いとは……」


 集中して考え事をする時につい独り言が出てしまうのは、僕の癖かもしれない。


「別の世界から来た魔法使い?」


 最初に思いついた可能性はこれ。

 ポチの言う通り、七つ名の魔法使いと呼ばれるくらいだから魔法で魔導書を倒したのだろう。だが現場に居合わせた人間も目撃した妖精もどんな魔法を使ったかわからないと言っていた。おそらくそれは世界の法則という絶対に破ることのできない秩序があるのに、そこから外れた効果なので判断がつかなかったのだろう。


 僕が予想するに七つ名の魔法使いの魔法は瞬間移動。

 【さよなら3番】と似ているが、同じ魔法なら呪文を唱えるだろうし、術者は見える範囲に移動するはず。だが人間にも妖精にも視認できなかったということは、おそらく数字の魔法をはるかに越える効果だと思う。もしかしたら、それ以外の魔法も持っている可能性もある。


 では、世界の法則という神様が創ったという決まりごとをどうやって破ったのか?

 そこで考えたのが異なる世界から来た魔法使いなら世界の法則が適用されないという可能性。この世界では神様から授かった魔力を基に魔法を使うが、別の世界では仕組みが違うだろう。スージーが僕を伝説の魔法使いの子孫と勘違いした原因もここにあると思っている。


 しかし、世界の法則には『魔法使いは人間に危害を及ぼす魔法を作成および使用することができない』と書かれている。そのせいで別の世界から来た魔法使いにも問答無用で押し付けてくる恐れはある。神様って理不尽だから。


 そこで僕は別の可能性も検討してみる。


「七つ名の魔法使いではなく七つ名の神様?」


 魔導書が神の使いと呼ばれていると教えられたことから思いついた。

 不思議な格好の人が「ナナツナ」と名乗ったから七つ名の魔法使いという伝説が生まれた。しかしその人は、決して「魔法使い」とは名乗っていない。

 だとしたら、魔法以外の人智を越えた能力を使っていた可能性だってある。例えば、神様の神通力のように。


 神様自身が魔導書に罰を与えるために、人間に姿を変えて下界に降り立ったのではないか。本当は気づかれないうちに対処するはずが、現地の魔法使いに見つかったせいでその場をごまかすために偽名を名乗ったのかもしれない。


 あるいは、神様が集まる会議で魔導書を懲らしめるように頼まれた別の神様がやってきた。地域や宗教によって神様の名前が変わることはよくある話だ。この世界のどこかにナナツナという名前の神様がいてもおかしくない。

 荒唐無稽だが、神様や魔法の存在が認められている世界ならあり得ると思う。


「待てよ。それなら七つ名の神様ではなく七柱の神様という可能性もあるかな」


 ほんの一瞬、七福神の乗った宝船が人間を突き飛ばして逃げる映像が思い浮かんだ。

 いやいや、いくらなんでもそれはない。

 宝船は縁起物だし、妖精の長老の証言が正しければその場にいたのは三人だけ。数が合わなくなってしまう。


「でもなあ……」


 もし本当に神様なら、どうして今すぐ出てきてくれないんだろう。

 数百年前は気まぐれで助けただけなのか。

 それとも今度は絶対に姿を見られたくないから全員封じ込められるまで待っているのか。

 どちらも正しいようで、どちらも間違っているような気がする。


「ダメだ。考えがまとまらない」


 七つ名の魔法使いとは何者なのか。

 かつてどんな方法で魔導書を倒したのか。それがわかれば今の魔導書の居場所も突きとめられるかと思ったけれど、そう上手くいかないか。

 

そもそも数百年前に開かずの書庫はなかったのだ。

 昔は昔、今は今。切り離して考えよう。


 七つ名の魔法使いが誰なのかは関係ない。

 来てくれるかわからない存在に期待しちゃダメだ。


 神頼みなら神社でもう済ませてきた。あとは自分たちの力でなんとかしよう。

 今はなにより犯人の正体と魔導書の居場所を突き止めることが重要だ。

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