伝説の魔法使いの子孫に間違われた僕は魔導書消失の謎を解く
川住河住
第一章
第1話 初恋の相手は魔法使い
誰かに呼ばれた気がして振り返る。
けれど誰もいない。
前に向き直り、鳥居をくぐって神社の参道を歩き始める。左には身を
また誰かに呼ばれたと思って辺りを見まわすが、やっぱり姿は見えない。
だが気のせいではない。
さっきから必死に訴えかけてくるような声が聞こえる。
ここの神主さんは、
僕も小学生の頃に友達と鬼ごっこしたり携帯ゲームを持ち寄って遊んだりした思い出の場所。
そして初恋の人と出会った場所でもある。
その女の子は、どこからともなく突然現れた。
髪や目の色が珍しくて、民族衣装のようなものを着ていて外国の言葉を話していた。友達といっしょにかくれんぼをしていた僕は、その子も参加者の一人と勘違いして声をかけたんだ。
「みいつけた!」
「……ッ!」
突如彼女は大きな声で泣き出して、よくわからない言葉で叫び出した。
最初は見つかったのが悔しくて泣いているのかと思った。
それにつられて他の子たちも出てきたのだが、誰もその子のことを知らないと言う。
「迷子? どこから来たの? 名前は? お父さんやお母さんは?」
なにを聞いても女の子は答えてくれない。
そもそも言葉が通じているかどうかさえ怪しい。
友達はからかってくるばかりでなにもしてくれないし、次第に犬のおまわりさんと同じような気分になってきた。
「な、泣かないで。お父さんとお母さんが来るまでいっしょに遊ぼう。ね?」
僕は身振り手振りで必死に提案してみた。
言葉がわからなくても意図は伝わったのか、女の子は小さくうなずいてくれた。
それから二人でいっしょに賽銭箱や石碑の裏に隠れる友達を探していく。次々に見つけられて悔しがる男子たちの反応がおもしろかったのか、彼女も楽しそうな笑顔を見せてくれた。
その瞬間、僕は名前も知らない女の子のことを好きになっていた。
我ながら単純だと思う。
あれから十年経った今でもあの子のことが忘れられないし、高校の入学式で再会という漫画のような偶然にも期待していた。神主さんには『信心深い子』と勘違いされたまま、毎日のように神社に通い続けているのもあの子に会いたいからだ。
けれどあの日以来、会うことはもちろん、姿を見ることすらできていない。
「会いたいなあ」
無意識のうちに声が出てしまった。
誰かに聞かれてないかと周りを見てホッとする。
なんとなく空を見てゾッとした。
学ランの下で背筋が凍りついて全身の肌がざわつく。
人は本当に驚くと言葉を失い、声の出し方さえもわからなくなるらしい。
しかし驚かないのは無理だ。
なぜなら、女の子が空を飛んでいるんだから。
夢か幻でも見ているのか。
自分の正気を確かめるために顔を叩いたら痛みが走った。
現実とわかってから再び空を見ると、やはり女の子が宙に浮いている。頭を上に足を下にした直立姿勢のまま、ゆっくりと地面に降りてくる。大きく口を開けて話しているから、さっきから聞こえてきた声は彼女のものらしい。
女の子は地上に降り立つと、月の光で染めたような色の長い髪を揺らして歩いてくる。夜の
僕は状況が理解できずに立ちつくし、半開きになった口から息だけがもれる。
彼女は聞いたこともない言葉で話し続けているが、なんと言っているのか全然わからない。
ただ一つわかっているのは、目の前にいる女の子がこの世の人ではないということ。
相変わらず口は動かせないのに、頭で考えるだけの余裕は出てきた。
この子はいったい何者か。
なぜ空を飛べるのか。
どうして僕に話しかけてくるのか。
そこで一つの可能性を導き出す。
なんとか声の出し方を思い出して言葉を発する。
「天使……?」
いや、ここ神社だった。
もし神主さんに聞かれていたら怒られてしまう。
それなら天女?
それとも神の使い?
まさか……神様?
だとしたら空を飛べることにも説明がつく。
この声は神のお告げ?
なんのため?
恋人ができたことのない僕のために縁結び?
やった!
これまでお
「ありがとうございます!」
喜びの感情があふれて感謝の言葉に変わる。
女の子は不思議そうに首をかしげている。
僕が彼女の言葉がわからないように、神様も人間の言葉がわからないらしい。
神通力にもできないことがあるのか。
どうしたら意思疎通できるんだろう。
神主さんに通訳をお願いしようか。
それとも頭の中で念じれば会話できるのかな。
「僕は、あなたと、話が、したいです。どうすれば、いいですか?」
いつかのように身振り手振りを使ってこちらの意思を伝えようとする。
その動きがおかしかったのか、女の子はほんの少しだけ笑ったように見えた。
彼女はよくわからないことをつぶやき、一度口を閉じてからまたゆっくりと開く。
「私の言葉がわかりますか?」
さっきまで理解できなかった彼女の言葉が、なぜか急にわかるようになった。
「はい!」
興奮のあまり思わず大きな声が出てしまい、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
「よかったです。やはりナナツナ様の世界でも魔法は使えるみたいですね」
女の子が安心したような表情を見せる。
しかし、今度は僕が首をかしげる番だった。
なんで僕のあだ名である『ナナツナ』を知ってるんだ?
どうして様まで付けて呼んでいる?
それに魔法ってなんのことだ?
この子は縁結びの神様じゃないのか?
「私は数字の魔女と言います。こことは異なる世界からやってきました」
女の子は
異世界から来たというのもすんなり理解できた。こちらの世界の人間でないのなら互いの言葉が通じなかったのも当然だ。
「じゃあ、今こうして話せているのは、魔法のおかげ?」
「ええ。【語学の5番】という異なる国の言語を聞いたり話したりできる魔法です」
人の言葉を自動的に翻訳してくれるのか。海外旅行する時に便利だ。
空を飛べていたのも神通力じゃなくて魔力。たぶん、彼女の使う魔法なんだろう。
ただ一つ疑問が残る。
どうして僕のことを知っているのか。
それも魔法のおかげ?
「あの、ナナツナ様は……私のことを、覚えていらっしゃいますか……?」
数字の魔女と名乗る女の子がおずおずと聞いてくる。
こんなかわいい知り合いがいるわけない。
しかも海外どころか異世界の人なんて……。
あれ、待てよ。
目の前にいる女の子は、初恋の人にちょっと似ているような……。
「もしかして、昔ここで迷子になったことがある?」
まさかそんなことは、と思いながらも、そうあってほしいと期待に胸をふくらませる。
「はいっ! そうです! 私です!」
彼女は瞳を
僕もうれしさのあまり涙が出そうだった。
会いたいと思いつつも心のどこかで諦めていた。
それがこうして再会できるなんて……。
やっぱり願いが通じたんだ。
神様ありがとうございます。
僕たちの縁を結んでくれて。
「ナナツナ様! あの時は、助けてくださってありがとうございました!」
「様なんて付けなくていいよ。べつに大したことしてないんだから」
「それはできません。あなたは命の恩人ですから」
「だから大げさだって。僕は話しかけただけだよ」
「いいえ。ナナツナ様はとても優しくしてくださいました。ご恩は一生忘れません」
魔法のおかげで言葉が通じるようになったけれど、話は通じていないように感じられる。
まあいいか。
会いたかった人に会えたし、こんなに感謝してくれているのだから
これも神の
「それにあなたは、私の住む世界を救った伝説の魔法使いの子孫でもありますから!」
はい?
世界を救った?
伝説の魔法使いの子孫?
誰が?
僕が?
いやいや、そんなわけがない!
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