第27話 本当の名前
「まさか正体を見破り、隠れ場所を見つける人間がいるとはな」
真っ暗な空間から妖精が自分の体の倍以上はある分厚い本をしっかりと抱えて出てきた。
「名をなんと言う。申してみよ」
「僕はナナツナの魔法使い。かつてお前を倒した伝説の魔法使いの子孫だ」
「笑わせるな。魔力がないことも魔法を使えないこともすでにわかっているぞ。お前では我を倒せない。だいたいその格好はなんだ。それで魔法使いにでもなったつもりか?」
今の僕は学生服の上からローブを羽織っている。
痛いところを突かれて焦ったが、なんとか平静を装って言葉を返す。
「それはこっちのセリフだよ。僕の名前を知らないお前に勝ち目はない。諦めろ」
「我に勝つつもりか?」
「そうだ。今すぐ魔導書を渡せ」
ゆったりとしたローブは体型を隠せるだけでなく、足の動きを隠すことにも役立っている。ほんの少しずつ距離が縮まっていく。
「はっはっは!」
そのまま気づかずに笑っていればいい。
最後に笑うのは、僕たちなんだから。
「笑わせるな。かつて我を倒した人間も、お前も、魔法使いではないんだろう」
そんなことわかっている。
だが剣も魔法も使えない人間でも、お前を倒すことはできる。
「お前は、まだ気づいていないのか? 大切なものを失っていることに」
挑発? 僕を怒らせて逃げる機会を作ろうとしている?
いや、それだと開かずの書庫から出てきた理由がわからない。それに妖精の体を使えば天井に向かって逃げたらいい。勢いよく飛び回られたら捕まえられない。
「探し物はこれか?」
妖精が片手に魔導書を持ち、もう片方の手で生徒手帳を持っている。
今さら気づいた。学ランの左胸のポケットから生徒手帳が消えていることに。
倒れてきた本棚から避けるためにスージーに突き飛ばされた時に落としたんだ。
「返せ!」
思いきり手を伸ばすが、掴んだのは空気だった。
「どこだ! 出てこい!」
一瞬にして目の前から消えた。
魔導書を抱えているから動きが鈍ると思っていたが、そんなことはなかった。
窓から差し込む日の光も少ないせいで館内は午前中よりも暗くなっている。そのせいで青い表紙は見えても黒い体は見逃してしまう。
「はっはっは!」
「待て!」
「追いつけるものなら追いついてみろ!」
妖精の声と青い表紙を頼りに手を伸ばすが、速すぎて捕まえることができない。
「そろそろ遊びは終わりだ!」
こちらの手の届かない高さで宙に浮いたまま話しかけてくる。
「人間、ここに書いてあるのはお前の本名。そうだろう?」
まずい。
知能の高い魔導書なら異世界の言語でもすぐに理解できてもおかしくない。
「
耳をふさぐ?
ダメだ。【封印の魔法】は名前を呼ばれた瞬間に効果が発動する。
なら声が届かないところまで逃げよう。すぐに玄関に向かって走り出す。
「もう遅い!」
大きな声がすぐそこまで追いかけてきている。
「ポチ! お前の本当の名前はポチだ!」
その声は僕を通り抜けてどこかへ飛んでいってしまう。
「はっはっは! 勝った! 我は勝ったぞ!」
妖精は気づかないまま高笑いを続けている。
僕は状況を上手く呑み込めず首をかしげる。
いくら知能の高い魔導書でも異世界の言語をすぐには理解できなかったらしい。
しかし、なぜポチという呼び名のことは知っているのだろう。
「な、なぜだ! お前の本名を呼んだぞ! なのに、どうして封じ込められない!」
僕が無事だとわかった魔導書は明らかに焦り始めている。
「ああ、そうか。そういうことか」
この世界へ来る前にみんなの呼び名を生徒手帳に書き留めておいた。その時にポチという名前がこの島の文字でどう書くのか知りたいと言ったからスージーが書いてくれたんだ。それからポチがペンを使って練習していた。
魔導書は、それを僕の本名と勘違いしてしまったのだろう。
「もう出てきていいよ、ポチ」
「おう」
僕が声をかけるとローブに隠れていた本物のポチが姿を現す。
「な、なんだお前は!」
突然同じ種族の妖精が出てきたので、敵は驚きを隠せないようだった。
「さっきからずっと呼んでるから出てきてやったんじゃねぇかよ」
「まさかお前が……ポチなのか……?」
「おう。カッコいい名前だろ?」
ポチは腕を組んだまま宙に浮く。
「俺の妹を返しやがれ!」
ポチは、妹さんの体を乗っ取った魔導書に向かって勢いよく飛んでいく。
「ッッ!」
妖精が生徒手帳を投げ捨て、魔導書を抱えたまま開かずの書庫へ逃げ込もうとする。
絶対に逃がさない。
こんな時のためにとっておきの道具を持ってきておいてよかった。
「ポチ! 耳をふさいで!」
「おう! やっちまえ! ナナツナのにいちゃん!」
防犯ブザーのピンを一気に引き抜くと、けたたましい音が館内に響き渡る。
「図書館ではお静かに。でも今だけは例外だよね」
魔導書を抱えていた黒い妖精がそのまま床に落ちていく。完全に動きが止まったことがわかってから防犯ブザーのピンをはめ直して音を止める。
妹さんのことはポチに任せて僕は本を拾う。
青い表紙には題名も著者名も記されていなかった。あとは中も真っ白なページが収まっていたら完璧だ。
しかし、本を開いたら文字がびっしりと埋まっている。次々にめくっていくが、どこも記号のような島の文字が書かれている。
「偽物……?」
僕に奪われないために別の本を用意しておいたのかもしれない。知能が高くて慎重な魔導書なら用意周到に準備しておいてもおかしくない。
「本物はどこに……いや待てよ……」
もう一度本を開いてページをめくっていく。そこに記されているのは文章ではなく、単語を羅列しているようだ。
この世界の文字が読めない僕でもなんとなくわかった。
もしかしたらこれは、魔導書が封印した島民たちの名前かもしれない。
「返せ……返すんだ……」
思っていたよりも早く妖精が目を覚ました。
こちらに手を伸ばしているということは、本物の魔導書に間違いないだろう。
「ポチ! 早くこの本に触れて妹さんの名前を呼ぶんだ!」
「おう!」
僕が両手で抱える本にポチが乗っかると、息を大きく吸って体をふくらませた。
「やめろおぉぉぉ!」
館内に叫び声が響き渡るが、僕もポチも聞く耳を持たなかった。
「ヒイィィィィン!」
死にかけの馬のような鳴き声が轟く。だが今だけは、勝利の雄叫びのようだった。
「魔導書みいつけた」
かくれんぼは、最後の一人を見つけるまで終わらない。
だから今度こそ本当に終わりだ。
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