第30話 世界の謎と血統の証明

「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「数百年前に現れた七つ名の魔法使い様が、あなたのご先祖様というのは本当ですか?」

「そう。うちの先祖。結局スージーの言っていたことが正しかったんだよ」

「でも、どうしてわかったんですか?」

「これを覚えてる?」


 僕は携帯端末のカメラ機能で撮っておいた写真を見せる。少し歪んでいるけれど、丸の中に四辺が曲線のダイヤという特徴はしっかり残っている。


「ナナツナ様のおうちの家紋ですか。たしか七宝しっぽうと言うんでしたよね」

「よく覚えてたね」

「ナナツナ様が教えてくださったことですから。これは森の洞穴の壁画ですか?」

「うん。三人の棒人間のうちの一人が不思議な格好をしていたと言ってたよね。その服の模様を描き写したみたい。七宝繋ぎ紋様は着物に使われることもあるから気づいたんだ。それから妖精の長老が僕のことを伝説の魔法使いに似ていると言っていたから」

「同じ呼び名で不思議な格好だったからですよね」

「ううん。不思議な格好はそうかもしれないけど、長老は名前で判断していないんだよ」

「え? でも、ポチさんは……」

「ポチや妹さんのように若い妖精は人間の言葉がわかる。でも長老は人間の言葉がわからない。だから数百年前にやってきた人間がナナツナと名乗ったことを知らないはず」


 それなら長老は、なにをもって僕と伝説の魔法使いが似ていると判断したのか。


「匂いだよ。鼻の利く妖精は、一度嗅いだ匂いをずっと忘れないらしいからね」


 ポチはスージーと母親の匂いが似ていることを指摘していた。

 だとしたら長老が伝説の魔法使いと僕の匂いが似ていることに気づいてもおかしくない。


「それから七つ名の魔法使いのそばにはもう一人、ヒラヒラした格好の人間がいたらしいね。たぶんその人は、初代数字の魔法使いじゃないかな」

「まさか私の先祖が……七つ名の魔法使い様といっしょに……?」


 新事実を知ったスージーは目を大きく開いて驚いている。


「伝説の魔法使いは「ナナツナ」と名乗ったらしいけど、どうして言葉が通じたのか。それは数字の魔法の【語学の5番】のおかげだと思うんだよ」


 この魔法は文字には効果がないため、読みが同じ七繋ななつなななを勘違いしたんだろう。


「でも、どうやってこちらの世界へ来たのでしょうか。ナナツナ様のご先祖様は、魔法のような特別な力をお持ちなんですか?」


 昔の農民が魔法を使えたとは歴史の授業でも習った覚えがない。


「転移穴だよ。数百年前、うちの先祖は転移穴に入ってこの世界のこの島に来たんだ。そして魔導書に乗っ取られた人を倒したらまたすぐに転移穴に落ちて消えた」

「さすがにそれはないと思いますよ。転移穴がおかしくなり始めたのは十年ほど前からです。数百年前に転移穴がおかしくなったという記録は残っていません」

「記録には残っていなくても生き証人はちゃんと残っているよ」

「あ、そうですね。今度ポチさんに頼んで長老さんに話を……」

「違う。生き証人は妖精じゃない。この島で暮らしている人間だよ。もちろんスージーもね」


 またしても彼女は驚きの表情を浮かべる。


「ずっと不思議に思っていたことがあるんだ。どうしてこの島の人たちは、頭を下げて感謝や謝罪をしたり、拝む時や食事の際に両手を合わせたりするんだろうって。それから正座して地面に頭を付ける土下座まで知っているのは、なぜだろうって」

「昔からの習慣です。他の島や大陸で暮らす人はやっていませんが」

「頭を下げるのも手を合わせるのも僕の住む国の習慣とまったく同じなんだよ。おそらく大昔にも転移穴がおかしくなって異世界と通じることがあったんだと思う。その人たちは元の世界へ帰ることができず、この島で暮らしていくうちにそういった習慣が残ったんじゃないかな」

「偶然ではないでしょうか。世界が変わっても共通することはあると思いますよ」


 単なる推測に聞こえるかもしれないが、これに関してはそれなりに根拠がある。


「習慣だけじゃなく似ている言葉も多いんだ。『神様でも気がつくまい』とか『人の恋路を邪魔して馬に蹴られる』とか。それに【いの1番】という魔法は、まったく同じ意味で使われているから驚いたよ。一つ二つならわかるけど、こんなにたくさんあると偶然で片づけるのは厳しいと思わない? あと……男女がいっしょに温泉に入る混浴文化も同じなんだよ……」

「た、たしかに……そう言われると……そうかもしれません……ね」


 スージーの顔が夕日で赤く染まる。

 あの夜を思い出した僕も顔が熱くなってきた。


 大昔から異世界人がこの島にいたなら僕の言葉が【語学の5番】で翻訳されることにも納得がいく。

 そしてテレビゲームやトリックなどの外国語が翻訳されないことにも説明がつく。


「昔の人たちは、人が突然消えたりまた現れたりすることを神隠しと呼んでいたんだよ。神隠しにあった人の中には、転移穴に落ちて異世界へ来てしまった人もいるんじゃないかな」


 うちの先祖もその一人だろう。

 転移穴に入った僕とスージーとポチが空へ放り出されたように、突如現れた転移穴に落ちた先がちょうど魔導書が体を奪った人間の真上だったのだ。ケガしない程度の高さだったのは運がよかったとしか言いようがない。


「もしかしたらナナツナ様とご先祖様は、神の使いとして呼ばれたのでしょうか」


 神妙な面持ちのスージーがおずおずと口を開く。


「どうなんだろう。それこそ神のみぞ知るってとこかな」


 もし本当に神の使いとして呼ばれたなら、先祖はすぐに元の世界へ帰ることができたのに、なぜ僕は今もここにいるのだろう。

 まだ神の使いとしての役目が残っているのか。

 それとも僕がこの世界に残ることで役目を果たせるのか。


 どちらにせよ神様には感謝している。

 僕の無理なお願いごとを二つとも叶えてくれたから。

 一つは、初恋の女の子に会いたいと願ったこと。

 もう一つは、彼女を伝説の魔法使いと出会わせて世界を救えるように願ったこと。

 その結果がこれだとしてもまったく後悔していない。

 いつか必ずお礼参りしにいこう。その時は、お賽銭をたくさん入れよう。


「さてと、そろそろ戻ろうかな。たくさんの魔法使いや魔女が僕を待ってくれているから」


 ここには知識欲が旺盛おうせいな人たちが多い。そのため異世界から来た僕の話は、どんなに些細なことでも新鮮に聞こえるらしい。

 なにも役に立てないと思っていたけれど、こんな僕でも誰かのために役に立てるのならちょっとうれしい。

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