第3話 異世界からの襲撃者

「はあ」

 ようやく一息つけた。


 このまま気を抜いたら腰も抜かしそうなほどの衝撃体験だった。

 初恋の人に再会できたら言いたいことや聞きたいことがたくさんあったのに。あまりにも現実離れしたことが起こりすぎて頭から抜け落ちていた。

 しかし再会に浮かれている僕と違い、あの子の置かれた状況や抱えている事情を考えたらゆっくり談笑なんてできないか。


「はあ……」

 今度は後悔のため息が出る。

 話せなかったことではなく、なにも手伝えなかったことに。

 僕にとって無関係なのは事実だし、こちらの安全を気遣ってくれたことはわかっている。


 それでもなにか手伝わせてほしかった。

 けれど、いったいなにができるというのか。


 魔法なんて使えない。

 剣だって持ったこともない。

 僕は平凡な男子高校生だ。

 異世界に行ったら秘めていた力が突然目覚める……なんてこともないだろう。

 なにもできないなら足手まといになるだけだ。


 諦めて帰ろうとして一つだけ思いついた。

 財布から五円玉を取り出して賽銭箱に入れる。いつものように鐘を鳴らして二礼する。それから拍手を二回していつも以上に強く念じた。


 どうか数字の魔女が伝説の魔法使いを見つけ出して世界を救えますように。


 この願いを神様は聞き届けてくれるだろうか。

 きっと大丈夫だ。僕の願いだって叶えてくれたんだから。

 今度も縁を結んでくれるはず。


「ナナツナ」


 一礼しているところで誰かに呼ばれた。

 数字の魔女が戻ってきたのかとすぐに振り返る。


 しかし予想が外れて息を呑む。

 なぜなら、得体の知れない生物が宙に浮かんでいたから。


 異世界から来たという魔女を見た今となってはそれほど驚かない。

 とはいえ、化物、怪物、魔物、魔獣、モンスターといった単語が似合う不気味な姿には目を奪われる。


 野球の球のような丸い体が真っ白い毛でおおわれている。胴体からは五本指の短い手足が伸び、頭頂部には黒い角が一本だけ生えている。

 全身には、黒と紫を混ぜ合わせたような色のまだら模様が入っている。

 いや、夕日に照らされて光っているから体液? まさか毒!?


「ナナツナァ!」


 得体の知れない生物が大きな声を発して飛んでくる。


 逃げないと。


 だが怖くて足が動かない。


 それどころか指一本動かせそうにない。


 体は動いてくれないのに、このままだと襲われるのに、頭だけは正常に働き続ける。


「【六角6番】!」


 女の子の声が聞こえた直後、六角形の物体が現れて謎の生物の突進を防いでくれていた。


「ナナツナ様! ご無事ですか?」


 いつからそこにいたのか、数字の魔女が立っていた。


「よかった。ナナツナ様の身になにかあったら……」


 今にも泣き出しそうな彼女に感謝の言葉をかけたくても喉は動いてくれない。


 六角形の物体は、厚さ数センチ程度の薄い盾のように見える。

 これも数字の魔女の魔法?


 あれだけ勢いよく突っ込んできたから多少はダメージがあるだろうと謎の生物を見る。だが何事もなかったかのように平然と空を飛んでいる。

 全身毛むくじゃらで顔は見えないけれど、再び攻撃をしかけようと機会をうかがっているようだった。


「これは柔らかい素材なので当たっても痛くありません。相手はおそらく無傷です」

 数字の魔女が落ち着いた声で教えてくれる。


「ありがとう……助けてくれて……」

 そこでようやく僕も話せるようになった。


 六角形の盾には、毒々しい色の液体と白い粉のようなものが付着している。

 もしも自分に当たっていたらどうなっていたことか。

 考えただけで寒気が走る。


 僕と数字の魔女は、謎の生物から目を離さずに言葉を交わす。

「あれはなに?」

「わかりません」

「わからない? 君の世界にいる生き物じゃないの?」

「あんな生き物は、私も見たことがないんです」

「魔導書が魔法で姿を変えて君を追ってきたのかな」

「いいえ。魔導書が使うのは、名前を呼んだ相手の体を奪う【強奪の魔法】と本に封じ込める【封印の魔法】。この二つだけです。たとえ体を乗っ取った相手が魔法使いでも、その人の魔法は使えません」

「ならあれはいったい……」

「ナナツナ様! 来ます!」


 呼びかけられて体が硬直する。

 それなのに、歯だけは震えてガチガチと音をたてる。


「【六角6番】!」


 謎の生物がさっきよりも速く飛んでくるが、いとも簡単に弾力性のある盾が防いでくれた。六角形の盾は、ぐにゃりと折れ曲がってすぐにまた元の状態に戻る。


「安心してください。ナナツナ様は私が守りますから」


 こんな状況なのに数字の魔女は優しく笑いかけてくれる。

 だが、声はかすかに震えていた。


 やっぱり怖いのかな。

 いや、怖くて当然だ。

 魔女といっても僕と同い年くらいの女の子だ。

 しかもここは、彼女にとって右も左もわからない異世界なのだから。


 守られているだけではダメだ。

 剣も魔法も使えなくていい。

 僕にできることを考えよう。


 顔を両手で叩いてから深呼吸する。

 不思議と魔法がかかったように冷静になった。


「君はどんな魔法が使えるの?」

「私は1から9の数字に魔力を込めているので九種類の魔法が使えます」

「その中にあいつを倒せそうな魔法はある?」

「すみません。私の世界では、人に危害を及ぼす魔法を作ったり使ったりしてはいけない決まりなんです。でも、この場から逃げる魔法ならあります」

「残念だけど、逃げることはできないかな」


 ここで僕たちが逃げてしまったら、敵がどこでなにをするかわからない。


「ナナツナ! ナナツナ! ナナツナ! ナナツナ! ナナツナ! ナナツナ!」


 謎の生物が大声で叫ぶ。

 突進の衝撃を受けた六角形の盾が大きくしなって跳ね返す。


 しばらく観察していて気づいたことがある。

 謎の生物の速さは目で追えないほどではない。

 また、動きが単調だから向かってくるところに盾を置くだけでいとも簡単に防げる。

 もしかしたら、身体能力は高くても知能は低いのかもしれない。


 しかしこちらには攻撃魔法がない。

 今のところは6番の魔法でなんとかなっているけれど、魔力が尽きたら使えなくなるだろう。

 その前になんとか打開策を見つけないと。

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