第23話 天見の警告
「報告が遅いんじゃないかな、シノブくん」
昼休み、オカルト部へ顔を出したシノブに天見はぐちぐちと小言を並べていた。シノブはめぐるの説得が成功したことをすっかり伝え忘れていたのだ。
めぐるが部室に顔を出したときに話せばいいかと思っていたのだが、昨日は美術部にお邪魔していたのでオカルト部へ行っていない。二日も顔を出さなかったので天見はすっかり拗ねているようだった。
子どもか、とツッコみたくなるのを抑え、シノブはとりあえず謝罪した。
「そんなへそ曲げないでくださいよ。悪かったですって、部活二日も休んだのは。でも遊んでたわけじゃないですよ? 一日目はめぐるさんの家に行って、二日目は長濱先輩にめぐるさんの仕事受けてもらえるように依頼しに行ってたんですから」
「わかってるけどね、暇だったんだよ。昨日はせっかくめぐるちゃんが部室来たのに二人がいないから帰っちゃったんだよ?」
「へぇ」
シノブは少し驚く。めぐるは天見のことが苦手だ。元々、めぐるは相談しに来た一人だった。その悩みが配信に関わることで天見はそれを得意の占いでどういう活動をしているのか丸裸にしたのだ。
配信業に手を出している人間にとってこれほど怖い相手はそういない。その相手にわざわざ会いにくるとは。これは何かあるなとシノブは天見に問いかけた。
「めぐるさんは何か用事でもあったんです?」
「お? 鋭いね、シノブくん。今日の放課後、付き合って欲しいみたいだよ。今度は一人で」
「ええ……なんか怖いんですけど」
「まあまあ、めぐるちゃんのことだし別に取って食ったりはしないんじゃないかな。それとも取って食べられたほうがシノブくんは嬉しいかい?」
「馬鹿言わないでください。僕なんか食っても腹壊すだけですよ」
「何その反応? つまんないなー、もっと狼狽えるかと思ったのに」
「いつまでも天見さんに振り回される僕じゃないんです。人をからかうのもほどほどにしないとそのうち訴えられますよ?」
肩をすくめる天見にシノブは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。会話でシノブが優勢に立つのは非常に稀だ。いつもとは逆の立場に立つのは快感だった。ペットボトルのコーヒーがいつもの二倍はおいしく感じる。
天見は注意されて気にした様子もなく普通に返答した。
「あはは。そうだね、肝に銘じておくよ。それにしてもいつもと様子が違うね。有瀬ちゃんに恋しちゃったんだ?」
「ぶふ!?」
突然、言い当てられてシノブは噴き出した。優雅な一杯が鼻からこんにちわしている。ハンカチで口元と零した床やズボンを拭いながら、シノブは必死に誤魔化す。
「は、あはは。有瀬さんに? 恋を? 何言ってるんですか天見さん。僕の事情知っている癖に」
「美術部に行ったと言ったよね。シノブくんならきっと有瀬ちゃんをデッサンしてもらうよね。有瀬ちゃん可愛いからね。シノブくんは思わずときめいちゃったってところかな」
「……見てたんです?」
「まさか。普通に見てればわかるでしょう?」
それが普通なら世の中、探偵だらけになるだろとシノブは顔を引きつらせる。
シノブは改めて天見の異常性を理解した。占いもそうだが、天見の恐ろしさは洞察力にある。その人間ならどうするのかを性格に予測している。占いという不確定要素を予測で補うから天見の占いは外れないのだ。
ニマニマとした顔で天見はシノブへと詰め寄った。
「で、どうだった? 有瀬ちゃんのご尊顔は?」
「うぐ……た、タイプでした」
「やっぱりねー。好きそうだなーって思ったよ」
「それも占いですか?」
「勘だよ。直感」
「んなテキトーな」
「適当っていうのは適切に当たる、つまりはちゃんとやるって意味だから言葉として間違いだよ。ま、そんなのは今はどうてもいいとして。勘は大事だよ。例えば日常生活で違和感を覚えたら、それはいつも通りじゃないってことだからね」
勘、か。ようするにそんな気がするってことが大事だというのか。
シノブは昨日みた写真を思い出し、天見に問いを投げかけた。
「天見先輩。逆に違和感を覚えることができないとしたら、それはどういうことなんですか?」
「違和感がなければそれは通常なんだろうけど……その口ぶりだと普通じゃなかったわけだね」
「理解が早くて助かります。昔の写真を見つけたんですけど、それに有瀬さんと似た女の子が映ってて。でも僕にはその記憶がない。こういうのって見れば気のせいでもあった気がすると思うものでしょう? 僕は本当にあったことなのかと疑ってしまうくらいには信じられないんです」
「シノブくん、それは――!」
天見が息を呑んだ。静かな部室にはやけに声が響く。いつもと違う様子の天見にシノブは困惑するが、天見の口に手を当て考え込む姿に言葉を挟むこともできない。少し間を開けてから天見は意味深な表情で言った。
「……シノブくん。思い出せないことは、思い出す必要がないことだったりもするんだよ。ときにそれは、思い出しちゃいけないことの場合がある。だから、シノブくん。その記憶を掘り起こしちゃいけない」
そう言い切った天見にシノブは「はい」としか返すことができなかった。あまりにも天見が真剣だったから。
だがシノブは思う。有瀬が見えない異常とこの思い出せない記憶は何か関係していると。根拠はない。それこそ天見の言う勘だった。強いて上げるなら、個人だけが見えない異常と欠落のような記憶という異常は同じ異常だ。
天見のいうことを聞いておけば間違いはない。しかし間違えないことが正解なのか。
シノブは初めて天見の指示に背こうとしていた。
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