第18話 幽霊部員を捕獲せよ その3
シノブは学校を出たその足で海馬めぐるの家へと向かっていた。後ろには幼馴染のヒカリと同級生の有瀬がいる。
いると言っても、シノブには有瀬の姿は見えないので気分的にはヒカリと幽霊がついてきているようなものだ。幽霊部員を説得に行くはずがそれよりも幽霊に近い何かがいる。
流石に有瀬のことを幽霊だとは思っていないが依然として正体不明だ。普通の女の子だと思う。きっと自分の問題なのだろうとシノブは割り切っていた。
「ねぇねぇ、シノブくんとヒカリちゃんって幼馴染なんだよね? 昔のシノブくんはどんな子だった?」
有瀬の問いにシノブは露骨に嫌そうな顔をする。後ろからは見えちゃいないので無駄な抵抗だ。シノブは話さないで欲しかったが、ヒカリはあっさりと口を割った。
「昔のノブ? 今と正反対よ。お山の大将ってはわけじゃないけど、普通はやらないことをやっちゃう感じって言えばいいのかしらね」
「なぁ、本当に僕ってそんなだったか? あんまり変わった気はしないんだけど」
「何言ってんのよ。あんた覚えてないの? カナヘビ捕まえようっていってあんた本物の蛇のほう捕まえてたでしょ。他にもなんかおっきいカブトムシ? なんかを平気で素肌の腕に登らせたりしてたり。アレ絶対痛いでしょ。怖いもの知らずっていうか鈍感って言うか」
「うーん……」
腕を組みシノブは唸った。
ヒカリは嘘をついていない。家のアルバムには確かにシノブがそうやって遊んでいる写真がいくつもある。だがシノブにはそのときのことをさっぱり覚えていない。本当に自分がそんなことをしたのかと首を傾げるばかりだ。
「へー。意外だけど、意外でもないような」
「いやどっちだよ。僕は正直、昔のことは黒歴史だって思ってるけどね。馬鹿っぽくて好きじゃない」
「まるで今の自分は馬鹿じゃないみたいな口ぶりね。馬鹿の癖にー」
「うるさい」
幼馴染が茶々を入れてくるのをあしらいつつ、シノブは足を止めて顔を上げた。シノブの視線に釣られて二人の視線も上へと向かう。そこにあったのは豪邸だ。二階建てのようだが屋根を高くしてあり三階建て以上に見える。
洋風な作りの三角屋根と白を基調としたデザイン。見ようによっては教会のように見えなくもない。
有瀬は「ほああ」と惚けた感嘆の声を漏らした後、シノブに問いかけた。
「すごいね! これどこのお屋敷?」
「めぐるさんの家だよ」
「え、嘘コレが!? うっそ、めぐるちゃんお嬢様だったのね……」
「あー……ヒカリはめぐるさんの家に来たの初めてだったか」
「あれ? ヒカリちゃんはめぐるさんとお友達?」
「クラスメイトよ。一年も二年になってからも同じ、割と話すほうなんだけど」
ヒカリの歯切れの悪さは友達と言い切るには相手の家を知らなかったりという気まずさがあるからだろう。それは別に恥じることではない。友人だけど相手の家を知らないなんてことはザラにある。
こと海馬めぐるという少女が相手なら知らないのは当然なのだ。教えられていないのではなく、意図的に教えていないのだろうから。
シノブは後ろ髪をかく。流れでそうなってしまったとはいえ、ヒカリを連れてきたのは失敗だった。めぐるは自分の正体や素性を隠しているのだから。
帰れと言えばヒカリも有瀬も帰るだろう。文句は言うだろうが相手の家にお邪魔するのだから理解はしてくれる。だがシノブはそこまで薄情ではない。妥協案を巡らせているとちょうど近くにカフェが目に入った。
シノブはこれだと思い、後ろへ振り返り声を上げた。
「あー……やっぱりさ、大人数で押しかけるのも悪いから二人はそこのカフェで少し待っててくれないかな。二人には無駄足になっちゃったわけだし二人のコーヒー代くらい出すよ」
「いやいや、それには及びません。お久しぶりでございます。シノブさま」
背後から声がしてシノブは慌てて再度前を向く。先ほどまで誰もいなかったはずのそこには老紳士が立っていた。白い手袋に燕尾服というまさしく執事然とした装いで老体とは思えないほど姿勢が良くはきはきとしている。
なんで自分の周りの人間はこうも気配を消すのがうまいのか。シノブは動揺しつつもどうにか返事を返すことができた。
「お……お久しぶりです。執事さん、よく僕のこと覚えてましたね。最後に来たの半年以上前なのに」
「ははは! 主人に代わって人の顔を覚えるのも仕事でしてな」
「執事さん、すごい! アタシ初めて見た! ね、ヒカリちゃん!」
「ね! 私の家にも欲しい!」
女子二人組が執事登場にきゃっきゃと盛り上がっている。確かにいたら便利そうだとは思うが、シノブはきっと叱られるほうが多そうなのであまり欲しいとは思わない。メイドだったら雇いたいと思うだろうが……。
ああ、いや。男女をひっくり返したら別におかしなことでもないかとシノブは勝手に納得した。
「おや、こちらのお二方はお初にお目にかかりますな。初めまして、わたくし執事の
「初めまして執事さん! アタシは
「は、初めまして。
シノブはうんうんとうなづく。内心ではそんな名前だったかと知ったかぶりである。
がちがちに緊張しているヒカリが珍しくて、シノブはわざと顔を覗き込んで冷やかす。すぐさま肘鉄が飛んできてわき腹に食い込んだ。
くそ、いまどき流行らんぞ暴力なんぞ……。
そうは思いつつもシノブの自業自得だった。
執事はしわがれた顔の皺に更に皺を重ねる。その顔は喜色に満ちていた。
「おお! おお! お嬢様にこんなにお友達が。なんと、なんと素晴らしきこと哉。さぁさ、お茶を入れますので中でお待ちを」
「いやいや。執事さん、そんなほいほい家に入れていいんですか」
「シノブ殿が連れてきたなら悪い方ではありますまいて」
「あ、あはは。それはどうも」
シノブは作り笑いを引きつらせる。名前を忘れていたとはとても言えない。三人は案内されるままに屋敷へと向かう。
さあ、ここからだ。
幽霊部員捕獲作戦が始まった。
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