第19話 幽霊部員を捕獲せよ その4
「な、なんでいるのシノブくんたち!?」
めぐるが帰宅すると自分の家でシノブ、ヒカリ、有瀬の三人がいた。六人掛けのテーブルの片側にシノブを挟んで女子二人が座っている。執事の爺やが紅茶を出してもてなしていた。
彼らの用件がオカルト部に顔を出すこと、もとい呪いのビデオの復元だとめぐるはすぐに察する。
まさか部長の
「おかえり、お邪魔してるよ。めぐるさん」
「お邪魔してます! めぐるちゃん」
「お邪魔してます。ごめんね大人数で……」
シノブに続けて有瀬とヒカリが挨拶する。ヒカリはオカルト部の部員ではないので疎外感があるのだろう。申し訳なさが滲み出ていた。
ヒカリの姿に少し戸惑うものの、めぐるは拒絶の態度を変えない。
「ほんとに邪魔だよ! 家にまで上がって!」
「ごめんな。僕は家に上がるつもりはなかったんだけど、執事さんが上がって行けって言うからさ」
「絶対嘘! シノブくん、私が逃げられないように家まで来たんでしょ? それも爺やが家に上げるって分かってて!」
「まさか」とシノブは笑うが、まさにその通りだった。
家に上がるつもりだったのは有瀬もヒカリも分かっているので、二人ともシノブに冷たい視線を送っている。シノブに有瀬の姿が見えなくともそれくらいはわかる。詐欺師まがいのことをしているのはシノブにも自覚あった。
ヒカリがはぁとため息を漏らす。
「ノブ、あんた……天見先輩に毒されてない?」
「ヒカリやめてくれ。事実だとしても受け入れ難い……」
「んー、まぁ別にいいんじゃない? シノブくん、いい人過ぎるから少しくらい毒づいたほうがいいよ」
有瀬の発言にヒカリは少し目を見開く。シノブも有瀬の自分への評価に驚いていた。そこへツッコミを入れたのはめぐるだった。
「シノブくんがいい人って……それ騙されてるよ有瀬ちゃん。この人、嘘つきなんだから」
めぐるの意見にシノブは苦笑する。シノブは自分をいい人だと思ったことはない。
自分はただ当たり前のことしているのただの凡人だ。そこに偽証が必要なら平然と嘘もつく。今も有瀬の姿が見えていないことを隠している。「そんなことないよ」とかばう有瀬に、シノブは罪悪感を覚えた。
顔に影の差したシノブの頭をヒカリがどつく。
「何凹んでんのよ、らしくない。どんなでもあんたはあんたでしょ? ノブ」
「……そうだな」
シノブはようやく作り笑いではない笑顔を見せる。暴力は断固反対のシノブではあるが、ヒカリのこういうところに救われていた。
コホンとシノブはわざとらしく咳をして本題に入る。
「さて。改めて用件を伝えるようか、めぐるさん。オカルト部の活動に参加して欲しい」
「嫌」
「あはは……そういうと思った。メリットないもんな。だからメリットを用意した」
対面に座っためぐるに、シノブは自分のスマホを差し出した。そこにはSNSが表示されており有名なイラストレーターのプロフィールが表示されている。
怪訝そうな顔でスマホを受け取っためぐるは画面をのぞき込み、シノブに問いかけた。
「うん……? あ。このイラスト知ってる! 私好きなんだぁ、『じゃないかポテトさん』。シノブくん。この絵師さんがどうしたの?」
「その人、うちの生徒」
「はぁあああああ!?」
めぐるは素っ頓狂な声を上げる。大人しいめぐるが大声を上げたことに、ヒカリも有瀬もポカンとしていた。
前のめりにめぐるはシノブへ詰め寄り、スマホの画面を指さす。
「嘘、そうなの!? 誰!? 誰なのシノブくん!?」
「紹介してもいいよ。部活動に参加してくれるなら」
「う……」
頭を抱えるめぐるを見て、有瀬はシノブの服の裾を引いた。
「ねぇ。シノブくん、なんでそんな有名人知ってるの? 自分で言ってる人なの?」
「いや公言してないけど……まあ、簡単な話だよ有瀬さん。天見先輩はお悩み相談室やってるだろ? うちの学校で悩みを抱えている生徒が集まるわけで、その中にいたわけだな。天見先輩様様だよ」
「へー。ノブってパシリにされてるだけじゃなかったのね」
ヒカリの直線的な言葉が刺さる。確かに使い走りにされてはいるのだが、下僕のように捉えられるのは心外だった。周囲の被害をシノブ一人が請け負っているのが事実だ。
考えて見て欲しい。人心を扱うのがうまい人間が当たる占いという武器を持っているのだ。絶対に碌なことにならない。天見は悪ではないが独善的だ。
悩みを解決するためなら相手を地獄に叩き落す。天見にはそういうところがあるのをシノブは知っている。
かつて無自覚なストーカーが相談に来た際にはその心をバキバキにへし折ったこともあった。注意して改善することもできそうだとシノブは感じたのだが、天見は一切の手加減をしない。
結果、そのストーカーは恋愛恐怖症に陥りかけていた。
悪は成敗されるべきだが過剰な正義はただの暴力だ。天見からシノブが離れられないのは目を離せないからなのだ。
シノブがそんな考えを巡らせているうちに、めぐるは腹を括ったようだった。
「はぁ。わかったよシノブくん。オカルト部に行くよぉ……あとで絶対紹介してよ! ああ、あと呪いのビデオだっけ? 爺やに直してもらうから、受け取ってきて」
「実は持ってるんだな、コレが」
「うわ。用意周到だー……もう! そのうち痛い目見るからね」
シノブは自分のビデオテープを机に置き、めぐるからスマホを受け取ろうするとひょいと遠ざけられる。なんだとシノブが顔を上げるとめぐるはにんまりと笑っていた。
「ね、シノブくん。このもう一つのサブアカウントさ。知ってる名前なんだけど?」
「おい何勝手に切り替えてんだ!?」
「んー? めぐるちゃん、何てアカウント? 普段使いのほうも教えて。アタシも登録したいんだけど」
「おぉい!? 有瀬さん、気にするな。きっと気のせいだから! な!」
「何焦ってんのよノブ。あ! まさかなんかいやらしいものとか」
「頭どピンクかお前は。違うぞヒカリ。でも、まぁ、その。気のせいだから」
「ふふ。そういうことにしといてあげようかな」
めぐるがそう言ってニヤニヤしながらスマホを返した。そのアカウントは趣味用で、いわゆるオタク用であって。そのアイコンやツイートから見るからにめぐるが演じるキャラクターのファンであることが露見していた。
ずっと隠して来たのに、こんな簡単にバレるとは。
スマホを渡すのは迂闊だったかと下唇を噛み、シノブは素早く画面を閉じてポッケにしまう。どういうアカウントなのかとしつこく聞いてくる有瀬とヒカリをあしらいつつシノブは帰り支度をする。
去り際にめぐるにシノブは耳打ちした。
「い、いいか。僕が好きなのはあくまでめぐるさんの声なんだからな? 勘違いするなよ? あくまで音声作品は純粋な楽しみ方しかしてないっていうか、なんというか」
「あはは。わかってるって」
カラカラと笑うめぐるにシノブは耳を赤くして頭をかく。幽霊部員はこうして無事に捕まった。本当に捕まったのは自分のほうかもしれない。シノブは服の襟をぱたぱたと仰いでいた。
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