第10話 占い外し
ユニフォームで走る一人の少女がいた。体躯は女子にしては身長が高く、ベリーショートの髪型で男子と見間違われることも多い。その恵まれた体と積み重ねた練習で彼女は二年にして陸上部のエースを務めている。
男勝りな性格……と言う訳ではなくただ体格がいい女の子で、アンちゃんと呼ばれるとなんだが親戚のお兄ちゃんっぽいからと周囲には苗字で呼ばせている。
千早が走り抜けると顧問の先生がピッとタイマーを止めた。
「千早ー! またタイム落ちてるわよー!」
「す、すいません! 先生!」
「手を抜いてるってわけじゃなさそうだけど、いつもより姿勢が後ろ気味。新入生と一緒になって縮こまっちゃ駄目よ。エースなんだから」
「はい……」
「最近ずっとその調子よね? 何か悩みでもあるの?」
「い、いえ! そんな……!」
千早は嘘を吐いた。悩みはある。新入部員の子の占いだ。
その占いの結果が千早だけ最悪だった。占ってもらった部員たちがぽんぽん当たるので、きっと千早の占いも当たる。
災いアリ。破け、赤零れる。
物騒な占い結果。ひどい怪我をするのかもと思うと千早は足が竦む。日常生活でも敏感になってしまって挙動不審だ。眠りもなんだか浅かった。たかが占いで調子を崩しているなんて言えるわけもない。
「ふーん……? あら? ちょっと目の下に隈あるわね。あなたみたいな真面目なタイプは溜め込みやすいから心配だわ……今日はもう帰って休みなさい」
「は、はい……」
顧問にあがれと言われてしまった。エースなのに情けないな。三年の先輩に一声かけてから千早はとぼとぼと更衣室へと向かった。上着を脱ごうとしたとき、ちょうど誰かが入ってきた。
「あー、待って千早ちゃん!」
「あれ? ヒカリ? どうしたの練習は……ってうちの言えることじゃないかぁ。先生に休めって言われちゃってね、これから帰るところなんだ」
「あはは……ちょっと抜けてきたのよ。ね、実はお願いがあって」
「ヒカリが? 珍しい」
「コレ、ちょっとオカルト部まで持って行って欲しいの」
ヒカリが自分のロッカーから取り出したのは何かを入れたちょっと大きめの紙袋。千早が受け取るとずしりときた。水でも入れているのか中身が揺れている感覚がある。
「ナニコレ?」
「あ、開けちゃ駄目よ千早ちゃん!」
「え? 駄目なの?」
ヒカリに制止され千早は中身を覗こうとした手を止めた。
「えっとー……それを、そう! ノブに渡して欲しいというか……!」
「ノブくんって、ああ。景浦くんね。同じクラスだったからわかるよ。んふふ。さてはヒカリ、もしかして景浦くんへのプレゼント?」
「ああうん! そう! それ!」
「あれぇ? 期待してた反応と違う……もう付き合った?」
「まだよ!」
「んふふふ。そっかーまだかー」
「あ……! あーもう! もういいから行った行った!」
「えー!? ちょっと、着替えさせてよー!」
ヒカリに背中を押され、千早は更衣室から押し出される。汗くさい姿で男子に合うのはちょっと嫌だが会いに行く相手はシノブだ。ヒカリの意中の相手だし下手に気張ると余計な誤解を与えるかもしれない。
仕方ないなーと千早はオカルト部へと向かった。
「でもほんとにコレなんだろ……水っぽいけど、プレゼントだよね。あ、水草とかかな。 景浦くんなら確かに好きそうかも」
千早はシノブのことをある程度は知っている。元同じクラスだったので一緒に掃除くらいはした。丁寧に掃除するしゴミ捨てなどは男子だからと率先してやってくれる。見た目が男勝りな千早なので、女子扱いされたのは少し嬉しかった。
ヒカリがいなければ好きになっていたかもしれない。千早ははっとして頭をぶんぶんと振る。気づけばもうオカルト部の目の前だ。扉は開けっ放し。千早は部室の中を覗いた。
「す、すいませーん……景浦くんいますかー?」
「ああ、いるよ。しばらくぶりかな、千早さん」
椅子に座ったシノブが千早に手を振る。部室にはシノブだけ。部室には二組の机と椅子が対面に並べられている。他にはほとんどものがなかった。
「あはは。うん、しばらくぶり。言われてみればクラス替えしてから喋るの初だね」
「そうだね。この間まで僕は風邪引いてたし」
「ヒカリちゃんが看病したんでしょ。知ってる」
「ああ。あー……でも今思えば千早さんにクラス表とか送ってもらう手もあったな」
シノブはぼりぼりと頭をかく。ヒカリがいるのに自分を頼ればよかったというシノブに、千早は少しだけ動揺する。
そんな動揺を知ってか知らずか、シノブから千早に話しかけた。
「まぁ、せっかく来たんだし座りなよ。千早さん」
「ええ? そんな悪いよ。邪魔になっちゃうし」
「邪魔になんてならないよ、ちょうど話相手が欲しかったところでさ。荷物はそこの籠に入れて」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えようかな……そうそう。これ、ヒカリちゃんからのプレゼントで――」
千早がシノブの言われるままに席に着き、籠に紙袋を下ろした途端。
パァンと大きな破裂音がした。きゃ、と千早は縮こまる。水滴のような液体が体にかかり、音の鳴ったところを見れば先ほど千早が持っていた紙袋だ。見れば袋は破けて中から赤い液体が広がっている。
「え!? え!? ナニコレ、ていうか! ごめん! これ、ヒカリから景浦くんへのプレゼントだったのに、うち――!」
「大成功……で、いいんですかね。天見先輩?」
「うん。上出来だよ、シノブくん」
千早はばっと振り返ると背後にオカルト部部長の天見永依がいた。その後ろには噂の転校生もいる。二人の美人の突然の登場、また紙袋の爆発と何が起きたのかわからない千早にシノブが頭を下げた。
「ごめん! 千早さんが占いで悩んでるってヒカリに聞いて、僕が頼んで一芝居打たせてもらった」
「え、一芝居打ったって……あ」
千早は戸惑いの声を上げつつ何が起きたのかを冷静に振り返る。紙袋が破けて赤い液体が飛び散った。
破け、赤が零れた。
天見がタオルで千早にかかった液体を拭きとる。
「ごめんね、千早ちゃん。ユニフォームなら安心して。これちゃんと洗濯したら落ちるやつだから。金曜日だし持ち帰って洗えば大丈夫よ」
天見に言われて千早はユニフォームに視線を移した。元々赤色メインのユニフォームだがところどころ赤く染まっている箇所がある。千早はヒカリが自分をユニフォームのままの部室に向かわせたのはこのためかと納得した。
「そ、そうなんですか。はぁ、もう、びっくりしたぁ……大げさですよぉ」
「かもしれないね。でも、もう占いは当たったからさ。もう心配しなくていいよ」
「それは……そうかもですけど。あのさ、景浦くん。自分が頼んだって言ってたけどどうして、うちにそこまで?」
「うん? 悩んでる友だち助けるのは普通だろ?」
「……っ!」
どくんと千早は心臓が波打つ。顔が熱い。シノブの顔が見れなかった。
「あ、ありがとう……」
「ま、ヒカリから聞いたからだけどさ。僕よりヒカリにお礼言ってくれ」
転校生がシノブにジトっとした視線を送っている。確かシノブくんが告白したとかいう噂を聞いた。きっとシノブに気があるのだろう。
駄目、駄目だと分かっているのに。
千早はシノブに恋をした。
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