第11話 後始末

 千早餡ちはや あんの占いの結果を先に起こす計画は無事成功した。


 計画してから実行までにまさかの猶予は一日。シノブはそれはもう馬車馬のごとく働いた。天見の指示に従い、道具の手配から科学部への協力要請まで。だが何よりも大変だったのは部屋の準備だった。


 部室内で液体をぶちまけるため部室の道具を一時的に空き教室に詰め仕込んだ。それがまたすごい量だった。天見が片づけを手伝うわけがなく、ほとんどはシノブによって片づけられた。無事部室に道具を戻し終えたシノブは仰向けで地面に伸びている。


「お、終わったぁ……」

「お疲れさまシノブくん。はいお茶」


 有瀬に話しかけられて顔を向けるが、シノブには有瀬の姿が見えない。

 差し出されているのはわかる。とはいえ勘を頼りに掴むのは困難だ。やむなくシノブは礼を言ってから「そこに置いといて」とぶっきらぼうに伝えた。


「うん。じゃあここ置いとくね」


 たぷんと音が鳴った場所にペットボトルが出現する。

 何度見ても原理がわからないとシノブは内心で首を捻った。有瀬は隣の席だ。荷物の出し入れなんかを横目に見たりしている。筆箱から取り出した瞬間にシャーペンは消えるし、鞄にしまおうと持ち上げた教科書も瞬時に見えなくなる。


 やはり有瀬が持っていることがトリガーなのだろう。シノブがそんな考察をしているうちに有瀬は会話を続けた。


「ごめんね、アタシあんまり力ないからそんなに手伝えなくて」

「いや大丈夫。うちの部室にあるのって借りものばっかだから下手に壊したりしたほうが大変だからさ、はは……」


 シノブは恨めし気に天見を見る。シノブたちが必死に後始末をしている間、天見は黙々と読書だ。なんともお気楽なものだ。ようやくシノブの視線に気づいたのか、天見はぱたんと本を閉じた。


「ん、終わったかな」

「ええ終わりましたよ、天見先輩がだらだらしている合間にね」

「嫌だなぁシノブくん。読書はとても有意義な時間だよー? それをダラダラだなんて」

「わかってんですよそんなこと! 手伝ってくださいって何度言っても無視して」

「ええー、こんなか弱い女の子に力仕事させるの? シノブくんの鬼畜ー」

「天見先輩運動もできる人でしょうが。段ボールひと箱ぐらいは持ってきてほしいところでしたよ、本当に」

「そう言いつつちゃあーんと全部やってくれるところ、好きだよーシノブくん」

「都合よく好き好き言われても嬉しくないんですよ……」


 けっとシノブはそっぽ向き、重い体を起こす。有瀬のくれたペットボトルのお茶を一口含む。喉を通り抜ける冷たさが爽快だった。

 有瀬が「あ」と思い出したように声を上げる。


「そういえばシノブくん。確かヒカリちゃんと話してたときは千早ちゃんって子、あんまり知らない風だったのに友達だったの?」

「ん? ああ、実際は友達というより顔は知ってる程度。正直、あんまり顔覚えてなかった」

「ええ……」

「わかるよー有瀬ちゃん。シノブくん、こういう子なんだよ。ほんと、面白い」

「いや天見先輩、面白いというか割と最低ですよ。シノブくん、駄目だよ。ちゃんと相手の顔覚えなきゃ」


 シノブは顔を引きつらせる。

 まさしく今、有瀬の顔が見えていない。大した皮肉だ。天見は大層愉快そうに微笑んでいた。


 有瀬は腹立ちが収まらないのか、まだぐちぐちと続けている。


「もう! やっぱりシノブくんより天見先輩が千早ちゃん誘導した方がよかったんじゃないですか? うまくいったからいいですけど」

「ふふ。有瀬ちゃん、それは違うかな。シノブくんだから千早ちゃんはすんなり誘導に乗ったんだよ。ほら、私みたいなきれーな先輩が座ってとか言っても遠慮しちゃうでしょ? でもシノブ君の場合は遠慮しなくていいからさ」


 なんだか癪に障る言い分だ。

 シノブは眉をしかめる。だが実際その通りだ。占いを信じ込んで調子を崩すような子は、占いを信じると思えない真面目ちゃんだったりすることが案外多い。読みは的中してすんなりと誘導に乗ってくれた。


「で、でも嘘は良くないでしょ! ね! 天見先輩!」

「そんなこともないよ。もしシノブくんがつれない態度を取ったら千早ちゃんは誘導通り動いてはくれなかったし、その結果千早ちゃんに悪いことが起きたかもしれない。だからシノブくんは嘘を付いたんだよ」

「えー……でも、うーん」


 声を上げて悩む有瀬にシノブは苦笑する。そんな悩みことか。


「いいんだよ有瀬さん。その通り。僕はいい人じゃないからさ」

「おや、珍しい。いつもの凡人主義はいいの?」

「天見先輩、もちろん僕は凡人ですよ。友達のためなら時には嘘を付く。それも普通ですから」

「友達というより顔見知りって言った癖に?」

「……」


 有瀬に痛いところをつかれ、シノブはしばし沈黙する。姿は見えないのに有瀬から冷たい視線を向けられているのがわかるのが不思議だった。


「ま、まぁ。友達の友達ってことで」

「ああ、ヒカリちゃんね。ねぇ、シノブくん。どうしてヒカリちゃんの依頼じゃなくて自分の依頼って言ったの?」

「うん? 怒らせるようなことしたんだし、ヒカリの依頼なんて言ったらさ。ヒカリが困るだろ?」

「……ふーん」

「あはは! ね、シノブくんはこういう子なんだよ。有瀬ちゃん」

「え、何がです?」


 ポカンとするシノブをよそに天見の高笑いが部室に響いていた。

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