第12話 幼馴染、焦る
「ね、ねぇヒカリちゃん。景浦くんって好物って何かな……?」
「へ……?」
千早の質問にヒカリはぽかんと口を開けていた。
週明けの月曜日、昼休みにヒカリは千早の元へと訪れた。目的は先日の『占い結果を先に起こしてしまおう大作戦』の効果があったのかを聞くためだ。効果てき面だったと笑う千早にヒカリは安堵していたのだが、どうにも様子がおかしい。
どうして、と聞いたら確信を持ってしまう。どう返せばいいかわからず、ヒカリは名前を呼んだ。
「ち、千早ちゃん……?」
「ち、ちち、違うよ? そのね、お礼にお弁当でも作ってあげようと思って!」
何も違わないじゃないの。ヒカリは空仰いだ。
友達を助けようと思ったら、友達が自分の好きな人に惚れた。あんまりな展開にヒカリは乾いた笑いしか出てこない。
けれども正直、罰が当たったようにも思う。ヒカリがオカルト部に千早のことで相談に行ったのはシノブの様子を見に行くためだった。噂の告白した転校生が同じ部活になったと聞いていても経ってもいられなかった。
そのときちょうど千早が占いで調子を崩していたから理由にしただけ。そのことには少し後ろめたさがあった。
千早のことを恨めしく思うのは筋違いだ。仕方ないとため息をつくとヒカリはシノブの好物について語り出した。
「そっかぁ……はぁ。ノブが好きなものよね? あいつは子ども舌だから運動会のお弁当に入ってるようなものはだいたい好きよ。から揚げとか、おかかのおにぎりとか。でもトマトは嫌いね。加熱すればその限りじゃないけど」
「うんうん」
ご丁寧に千早はメモ帳を取り出している。
ヒカリは笑顔を引きつらせた。近くから見てきたから分かる。千早のほうがぽっと出の転校生よりもずっと手強い。シノブは真面目だ。尽くされたならそれ以上を返そうとする。
千早はいい子だが、ライバルとなればこんなに恐ろしい相手もいない。普通に告白して普通に付き合ったとかシノブはきっと平気な顔で言う。
ヤバい。絶対にヤバい。だが腑に落ちない点もあった。
「千早ちゃん? あのね、オカルト部にお礼で菓子折りでも持っていけばいいと思うわよ? そんなお弁当とか作らなくても……」
ヒカリはごく自然に浮かんだ疑問を投げかける。そうだ。千早の問題を解決したのはあくまでオカルト部であって、シノブ個人じゃない。だいたい言っちゃ悪いがシノブから惚れさせるような行動をするのには違和感があった。
「ええっと、それは。シノブくんがうちのためにしてくれたことだからっていうか。だから、その。シノブくんにお礼するのが当然かなって」
「……うん?」
「もちろん、オカルト部の皆にもお礼するつもり。それにほら、ヒカリにも。はい」
ヒカリの手に、千早はぽんと紙包みの袋を置く。ヒカリも知っている近所で人気のお菓子屋さんのクッキーだ。嬉しい。嬉しいのだけれど今はそれどころではない。
シノブが千早のためにしてくれた? アタシじゃなくて?
ヒカリは口には出さず疑問を飲み込む。シノブが何だかまた馬鹿なことをしたような気がしてならない。千早と別れた後、ヒカリはスマホでシノブへとメッセージを送った。
『放課後、屋上』
* * * * * *
シノブは放課後の屋上で土下座ををしていた。それはそれは見事な土下座である。両足をぴしと閉じて両手を揃え、曲がる腰は丸いがダラダラしたような様子はなく誠心誠意の謝罪の意思が見て取れる。
地面スレスレの顔が地にはつくまいと辛うじてプライドを保っていた。それに対面するのはヒカリだ。いくら付き合いが長いとはいえ幼馴染の奇行は流石に引いた。
シノブは顔も上げずに声を上げる。
「ヒカリ、これにはわけがありまして」
「アタシまだ何も言ってないわよ! なんで屋上に来るなり土下座始めたの!?」
「うん? 屋上って言えば締められるもんだろ。だから僕はこうして先手を打って土下座をだな」
「賢いことやってるようで今かなーり間抜けよ、ノブ……」
そうかと顔を上げたシノブは鼻先についた砂埃を服の袖で拭う。正座は崩さずにそのままだった。真面目なのかふざけているのかヒカリは判断に迷う。昔は怖いもの知らずだったときの名残を最悪の形で出さないで欲しい。
シノブは視線を逸らしつつ話し出した。
「まぁ、わかってるよ。ヒカリの依頼を僕が依頼したって言ったことだよな?」
「そうそれ! あんたどういうつもりよ!?」
「いやこれに関しては完全に予測が外れた。悪かった」
「……予測って何よ?」
シノブは言葉に詰まる。こういうときヒカリは相手が話し出すのを待つため、沈黙が続いた。耐えきれなくなったのか、シノブは声を漏らす。
「その、千早さんにやったことって客観的に見るとドッキリみたいなもんだろ? だから怒る可能性が高いって思った。あの子とヒカリが喧嘩になるのは避けたかった。それで俺が勝手にやったことにしたんだよ」
「そ……そっか。ふーん」
思ったよりもまともな理由でヒカリは怒るに怒れない。それにシノブが自分のためを思ってやったことだということが嬉しかった。
だが何回も流されるヒカリではない。大事なことを聞いてない。ヒカリは喜色が漏れないように、できるだけ冷ために言った。
「で、なんて言ったのよ?」
「いや、あの。その……別に、普通のことしか」
「騙されないわよ! あんたこの前もそう言って! 正直に白状しなさい!」
「別に今回はそんな失言じゃないんだって! 千早さんがさぁ、どうしてうちのためにって聞くからさ、友達なんだから当然だろって言っただけで!」
「はぁー……あんたねぇ……」
ヒカリは肺の底から息を吐く。そういうことかと理解した。
真面目な千早は誰かから頼られることはあっても、誰かから無償に与えられることに慣れていない。きっとそれで恋心を揺り動かされたのだ。
罰が悪そうにシノブは頭をかく。
「いや、悪かったって。でも、ほんとに。惚れさせようとか、そういう気はなかったんだよ。僕は」
「うん……!? あんたそういう自覚あったの!?」
「あるだろ? そんくらいわかる」
そんくらいはどのくらいの尺度があるのか気になるところだ。ヒカリは当惑する。
「え、じゃあ、その……もし、もしよ? 千早ちゃんがもし付き合ってとか言ったら、どうするわけ?」
「付き合わないよ。勘違いで惚れさせたって、騙してるようなもんだし」
「そ、そっか」
ヒカリはほっと胸を撫で下ろす。そのまま口の軽いまま聞いてしまった。
「じゃあアタシが付き合おうとか言ったらどうするわけよー」
「うん? いや、それは最終手段で……」
「どういう意味よ!?」
ヒカリは正座のままの幼馴染の頭をぶっ叩く。候補にはいるんだ、と喜んでしまう自分に、ちょろ過ぎでしょと苦笑していた。
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