第4話 おいでよ、オカルト部

 人間は誰かに頼らなければ生きていけない。完全な自然の中で自給自足でもしない限り、人は誰かの仕事の上で日常を享受している。だから人に頼ることは間違いではない。


 だが頼る相手は選ばなければならない。例えば無駄に頭がいい癖に悪いことばかり思いつく先輩などもってのほかだ。そう、今のように。


「へー! ここがオカルト部なんだー!」


 翌日の昼休み、部長の天見永依あまみ えいに呼び出されてオカルト部にきたシノブは頭を抱えていた。陽気な声を上げているのは景浦には見えない少女こと有瀬香苗ありせ かなえである。

 たたと軽やかな足音から部室を見て回っているらしい。見て面白いものは何もない。

 オカルト部らしさはどこにもなく、棚にはせいぜいTRPGのやけに分厚いルールブックがある程度。美術部の頭の欠けた石膏像があったり、演劇部のおけなくなった衣装が置かれたりと物置代わりにされている感が否めない。


「やぁやぁお二人さん。待ってたよ」


 部室の窓際から天見の声がした。長い髪を風に靡かせる様は絵になる。片手には本を持っているが背が付いておらず紙が剥き出しだ。どことなく手作り感がある。よく見ればそれは文芸部の定期発行誌だった。紙の変色具合からしてかなり古い。

 天見の隣には開いている段ボールがある。どうやらそこに入っていたらしい。


「何やってんですか、天見先輩。また段ボール漁って……」

「んふふ。シノブくん。いくらほこり被ってたって、そんなゴミを見る目をしちゃいけないよ。この段ボールたちはみんなお宝の山なんだよ? 見てよこれ。十年近く前に書かれたポエム」

「やめてあげてください」


 相変わらず悪趣味な人だ。やれやれと肩をすくめるシノブと違って、興味があるのか有瀬の足音は天見の元へと向かった。


「わぁすごい。君をうつす私の目をくりぬいて、瞳に君に捕らえてしまいたいだって。こういうのアタシじゃ思いつかないな」


 本当にやめてあげて欲しい。


 悪意はないのだろうが、有瀬の言葉は攻撃力がありすぎる。書いた人は読まれていると知ったら発狂するに違いない……いやそれにしたって文章が狂気じみている。そんなところにオカルト要素を生やされても困る。

 このまま晒され続けるのもかわいそうなので景浦はさっさと本題に入ることにした。


「あの、天見先輩。用件は何ですか」

「あーうん。そうだったね。忘れるところだった」


 わざとらしく思い出したようにポンと手を叩く天見に白い眼を向けつつ、シノブは椅子に腰を下ろそうとする。


「転校生ちゃんにオカルト部に入ってもらおうと思ってね」


 ずると滑ってシノブは床に転げ落ちた。「大丈夫!?」と有瀬の心配する声に返事をする余裕もない。一体何を考えているんだこの先輩は。できるだけ接触しないようにしようと考えていたシノブに対して、天見は真逆の方向に舵を切っていた。

 シノブは思わず非難の声を上げる。


「ど、どういうつもりです!?」

「言葉通りの意味だよ。うちの部員は幽霊部員とシノブとわたししかいないからさ。一年生も勧誘するつもりではあるんだけど、転校生ちゃんはなかなかオカルトの素質あると思うんだぁ」


 絶対嘘だ。


 オカルトらしさなど程遠い存在が天見だとシノブは知っている。まずい。お人好しオーラを感じる有瀬のことだ。このままでは本当に部活に入ってしまう。

 焦ったシノブだったが、有瀬の返事はまさかの「ごめんなさい」だった。


「アタシ、他からも勧誘受けてて……チアとかダンス部とか。いろいろ」

「そ、そうなんだ。いいんだよ有瀬さん。天見先輩の言うことなんて真に受けなくて。どうせうちのオカルト部なんて入ってもやることないんだし。時間の浪費としか言いようがない」

「うん、そうだね。シノブくんの言う通りだよ。でも有瀬さんのチアとかダンスとかだって本当に自分でやりたいことなのかな?」

「――っ!」


 有瀬は言葉を詰まらせる。姿が見えずとも動揺をしていることがわかった。

 すっと目を細めて天見は続ける。


「君が決めていいんだよ? 有瀬香苗さん?」


 天見は口元を隠した手の裏でニヤと口の端をつり上げている。ああ、また一人この人の術中に嵌ってしまったなとシノブは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 無駄とは分かりつつシノブは抵抗するだけしておくことにする。


「……天見先輩だって勧誘してる側なんですから、本当にやりたいことなんて言ったらウチに入る理由はないって自分の首絞めてるようなものですよー」

「ふふ。そうかもね。返事はいつでもいいよ、有瀬さん」

「あ、あはは……じゃあお言葉に甘えて少し考えさせてもらいますね」


 ああ駄目だ。コレは入部する流れだとシノブはため息をつく。

 ごめんなさいと一度断れているのに、まるで向こうから考え直させてくださいと言い出したかのような状況になっている。


「あ……教室でみっちゃんたちとお昼食べる約束してたんだった! ごめんなさい天見先輩、景浦くん。また後で!」

「あらら。ごめんね、時間取らせちゃって。うんうん。じゃあまた後で」

「ん。また後でな」


 たたたと廊下を駆けていく足音を聞き届けるとシノブは天見をじろりと見た。


「……ほんとどういうつもりですか? 天見先輩」

「んー? 一つはシノブくんが本当にあの子が見えてないかの確認。本当に見えてないっぽいね」

「うぇ……僕、そんなあからさまでした?」

「事情を知ってたらわかるかな。でもかわいい子だからね、視線を合わせるのも恥ずかしいシャイボーイぐらいに思われてるんじゃないかな」


 シノブは微妙な顔をする。別にシャイでも何でもないというのに。


「やっぱり何事もまずは相手を知るところからだからね。シノブくんの症状を少しでもよくしようと思ってさ」

「……で、本音はどうなんです?」

「同じ部活になっちゃえばいっぱい実験できちゃうね」


 天見の目が爛々としていた。新しいおもちゃを見つけた子供のように。好奇心は猫を殺すというが、シノブは猫に弄られるネズミだった。見えなくなる症状が解決したらもう二度とこの人を頼るまい。

 シノブは固く己に誓った。

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