第22話 かなちゃん
「もしもし。僕、お兄ちゃん。今、週末のデートで悩んでるの」
「メリーさんみたいなノリで電話かけてこないでよ兄ちゃん……」
学校から帰宅したシノブは制服から着替えもせず、妹の
誰かに相談しようにもシノブは知り合いは多いが友達は少ない。シノブの周りで色恋沙汰に最も精通しているのが妹だった。……それでいいのか兄という指摘は至極最もだが今は藁にもすがる思いだった。
ソファに腰掛けたシノブはふぅ、と一つ息を吐く。
「悪いな穂波。兄ちゃん、ちょっと気が動転してて……」
「うん。そうだね、ついにぼっちこじらせて架空の彼女を作り出して一人でデートとかはしゃいでるんだもんねー……」
「違うぞ!? 本当にデートするんだよ、週末に!」
「そのしゅーまつって土日のほうで合ってる? それともラッパとか拭いて世界滅亡するほう?」
「土日に決まってるだろうが。いい加減、兄ちゃん泣くぞ」
辛辣な妹にシノブは嘆息する。頼る相手を間違えただろうかと後悔しかけているとようやく信じた穂波が声を弾ませた。
「嘘? ほんとに? やったじゃん兄ちゃん。おめでと!」
「ああ、うん。ありがとな……じゃなくて! なぁ、穂波。デートって何すればいいんだ? 取りあえず移動は全部タクシー呼んで金は全部男が出せばいいのか?」
「いや高2でタクシーは聞いたことないよ兄ちゃん……それにさー、そこまでお金ないでしょ? 兄ちゃんお小遣い貯めてそうだけど、そんな使い方したら一瞬で溶けるでしょ。世の中の意見に揺さぶられ過ぎだって」
「そ、そういうものか?」
「別にそういうこと気にしないってヒカリちゃんは。楽しませようとする心意気があればいいんだって」
「うん? どうしてヒカリが出てくるんだよ?」
「え」
「え」
二人してとぼけた声を上げる。きっと電話口の先では穂波はシノブと同じように首を傾げていた。
あっ、と小声を漏らして穂波は声を震わせる。
「に、兄ちゃん? まさか本当に架空の脳内彼女を……」
「違うっつの! 同じクラスの子とデートすることになったんだよ!」
「兄ちゃんの浮気者! ヒカリちゃんに言いつけてやるー!」
「勝手に言えばいいだろそれは……いや、やっぱなしで。なんか意味もなくぶっ叩かれる気がする」
そう言えば先日、めぐるの家に行ったときにヒカリにも付き合ってもらったことをシノブは思い出す。付き合ったというより付いてきたわけだが、まぁ時間を取らせた分は何かで返さなくては。
穂波がはぁー、と長いため息をついた。
「……で、兄ちゃん。どんな子なの?」
「超かわいい」
「うっわ」
今まで聞いたことのないような汚い声を出す妹にシノブは顔をしかめる。なんだ人がかわいいって言ったらうっわって。そんなに気色悪い言い方をしていただろうか。シノブがぐにぐにと顔をもんでいると穂波が声を荒げた。
「兄ちゃんの感想はどうだっていいの! 名前とかどーいう性格とかそっち!」
「ああ、はいはい。そっちね……
「かなえ?」
穂波の思案気な声にシノブは惚気話をぴたりと止める。そんなに気にするほど珍しい名前でもないと思うのだが……。
「もしかして、かなお姉ちゃん?」
「うん? かなお姉ちゃん……?」
「うっそ、覚えてないの!? かなちゃん、かなお姉ちゃんだよ! 夏とか冬の休みにこっち来て一緒に遊んでたでしょー」
「んん……? 覚えてないな」
「じゃあ、ほら! 私の部屋の机に写真挟んであったと思うから、見たら思い出すでしょ……あ! 関係ないとこは触んないでよ!」
「触んないっての。どれ……」
重い腰を上げてシノブは穂波の部屋に入る。たまにしか帰って来ないので少しほこりっぽい。後で掃除するかと思いつつ目当ての机までやってきた。机の上に透けたカバーがかけられておりその間には写真やらプリクラやらいろいろ挟まっている。
せっかちな穂波は「あったー?」と急かしてきた。
「待て待て。今探してるから……お前、プリクラ盛りすぎだろ」
「余計なとこ見ないで!」
「ああ、はいはい。悪かった、悪かったよ。写真、写真……」
ものを挟み過ぎてデコボコ気味な机の上を探る。よくこれで勉強机と呼んでたなとツッコミたいところだったが今は無視だ。隙間から数枚、いや下手したら二桁行きそうな写真の束を引っこ抜く。
ペラペラと捲っていると少し古ぼけた感じの写真が一枚あった。
「これ……か?」
「あったー? 兄ちゃん」
「あ、ああ。あったけど――」
写真には幼い頃のシノブと穂波、そして見知らぬ謎の少女が映っている。彼女が穂波のいうかなちゃんなのだろう。確かにコレは本物だ。穂波の言っていることは嘘じゃない。だがシノブは写真を見ても何も思い出せなかった。
彼女のことを思い出せないのはしょうがないとは思うが、それ以上にシノブは不可解なことがある。
「なぁ、穂波。この写真ってどこで撮った?」
「どこって山でしょ」
「どこの山だよ。うちの周りにこんな渓流あったか?」
シノブはかつては野山を駆け巡るいたずら小僧だった。この付近の地形はだいたい理解している。特に川遊びは定番だった。時には小さな山の頂上まで川を辿ったこともある。シノブがこの川を知らないはずがないのだ。
「えー……子どもの頃だったし、どこかはわかんないかも。兄ちゃん、途中からあんま山遊びとかいかなくなったし」
「そう言えば、そうだったっけか……」
なんだ、この違和感は。
あった気がすることさえない。忘れているというよりその記憶そのものがぽっかり抜けてしまっているような――。
「あ、ごめん兄ちゃん。夜ご飯いかなきゃだから、切るよ!」
「あ、ああ……ありがとな」
穂波との通話を切り、シノブは古びた写真を改めて注視する。そこに写る地味目な少女の面持ちにどこか似顔絵の有瀬の姿を重なる気がした。
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