幼馴染は意識されたい編

第7話 幼馴染は意識されたい

 私、入江光いりえ ひかりには好きな男の子がいる。


 根暗で友だちの少ない幼馴染、景浦信夫かげうら しのぶ。私はノブと呼んでいる。人から褒められるのが恥ずかしいみたいで、こっそりとゴミ拾いなんかをしている。いい子なのに捻くれていて、自分のことを凡人と言うのがノブの口癖だった。


 ぶっちゃけノブは凡人じゃない。変人で有名な天見先輩になぜか気に入られているし、テストも上位ではないけど平均よりも上を取っている。というか私より上だ。天見先輩との関係はちょっとモヤモヤするけど……一旦、それは置いておくとして。


 どうしてノブは凡人でいることに固執するんだろう。

 幼稚園の頃は普通とは真逆の破天荒だったし、目立ちたがり屋だった。でも今は違う。別人ではないけど自分を抑え込んでる。まるで凡人でいることを強要されているみたいに。


 ノブにはもっとやりたいようにやって欲しい。だから私はいつも言葉が強くなる。

 でもノブはノブだから、私は好き。まだ告白はしていない。昔のノブに戻るのを待っている。


 誰かに取られるかもって心配はあるけど、きっとノブは誰とも付き合わない。天見先輩からアプローチされても、凡人じゃ釣り合わないと言ってきっと断るだろうから。


 だから私には信じられなかった。ノブが女の子に告白したなんて。



 * * * * * *



「ノブ! あんた、転校生の子に告白したって本当なの!?」


 高校の昼休み、第一校舎と第二校舎の通路にてヒカリが耳がきんとする声を上げた。シノブは思わず耳を塞いだ。


 今朝の有瀬への告白事件は教室に入ろうとしていた生徒に見られていたらしく噂は瞬く間に学校中に駆け巡った。購買のパンをおごる約束を果たしにヒカリのもとへ訪れたシノブだったが早々に後悔していた。


「あー……うん。まぁ、おおむね本当というか何というか」

「何その煮え切らない感じは!?」

「いやなんか勢いでさ、告白したことになっちゃって……」


 死んだ魚の目でシノブは大きくため息をつく。その顔はげんなりとしていた。授業中もクラスメイトの視線を感じて落ち着かない。有瀬の姿は相変わらずシノブには見えないものの何度もノートの字を書き間違えていたりと動揺が見て取れた。


 シノブは気が散って仕方がない。まだ御前の授業が終わったばかりだというのに疲労感はすでに放課後と同じほどまで達している。


 何を言っているのか分からないとヒカリは眉を八の字に曲げた。


「勢いで告白って。あんたそんな軽い男だった?」

「おい待て変な勘違いするなよ」

「ふん! どうだか!」


 いつも以上にツンツンしている幼馴染に、シノブは腕を組んで唸った。たまにヒカリはこうしてへそを曲げるのだ。


「何よ、私にはしない癖に……」


 ヒカリが何かぶつぶつ言っているがシノブには聞き取れない。


 シノブにとってヒカリは親戚のようなものだ。身内が女遊びしていると気分が良くないだろうというのはよくわかる。もし自分の妹がそういうイケナイ火遊びをしていたなら気分が悪いどころか体調を崩すだろうという確信がシノブにはあった。

 誤解したままにするのも良くないだろうとシノブは弁明する。


「あー……まぁ、結果的に告白みたいになっちゃったけど、 僕は別に下心とかなく有瀬さんのこと褒めただけでさ」

「どんな風に?」

「え?」

「はたから聞いたら告白だったんでしょ? やってみなさいよ」


 ヒカリの要求で、シノブの背中に冷や汗が伝った。

 嘘をつこうにも幼馴染相手に嘘が通じるとも思えない。何よりシノブは嘘が下手だった。とにかく答えない方が不自然だ。苦肉の策でシノブはひたすらぼかした。


「あー……その。明るい雰囲気が、いいなーというかなんというか。明るく話しかけるところもいいんじゃない、とかそんな感じというか」

「なんか歯切れ悪いわね。誤魔化してるでしょ!」

「いやいや! 本当にこういうこと言ったんだって!」

「いやそれはわかるわよ。そのいいなーとかいいんじゃないとか言わないでしょ、ノブは。本当はなんて言ったのよ」

「えっとぉ……それはぁ……」

「正直に!」

「そ、率直に好きって言いました……」

「告白じゃないのよ!!」


 ヒカリは思いっきりシノブの頭をぶっ叩く。シノブはぐうの音も出ない。ヒカリは言い淀むようにして続けた。


「ノブはその子のこと……好きなの?」

「や、まぁ……好きだよ。でもラブじゃなくてライクだ。人として友達としてな?」

「へー……」


 ヒカリは明らかに納得のしていない棒読みで返事をしている。

 うーんとシノブは頭を抱えた。シノブが有瀬に変な行動を起こしてしまうのはシノブの目に有瀬の姿が見えていないからだ。そのことを打ち明けるのが一番の解決策かと思えた。もう仕方がないかとシノブは口を開く。


「あのさ、ヒカリ。こんなこと言って信じてもらえるかわからないけど」

「……何よ」

「実は――」

「あ、景浦くん!」


 声を掛けられてシノブはばっと顔を上げる。ヒカリも一緒に視線を向けていた。

 そこには誰もいない。いや、声で分かる。相手は有瀬だ。


「あ、有瀬さん。どうしたの?」

「ん? 見かけたから声かけただけだよ。購買行ってたの。景浦くんも購買行ってたの?」

「あー、うん。行った後だったんだけど……」


 ちらりとシノブはヒカリを横目に様子を伺う。笑顔だったが、シノブにはそれがヒカリの作り笑いであることが分かり戦慄する。

 じろとシノブを見てからヒカリは有瀬へと話しかけた。


「へぇ。有瀬さん、アナタが」

「あ、はじめまして! アタシ有瀬香苗ありせ かなえです。景浦くんのお友達?」

「はじめまして。私は入江光いりえ ひかり、ヒカリでいいわよ。ノブの幼馴染なの」

「わかった! ヒカリちゃんね。アタシも香苗でいいから!」

「……うん。わかったわ、香苗ちゃん。ヨロシク」


 ヒカリのよろしくは四露死苦だったりしないだろうか。シノブは顔を引きつらせる。うまく隠しているがヒカリがなぜこんなに機嫌を悪くしているのか理解できなかった。


「うーん、もう少し話したいけど通路で立ち食いするわけにもいかないし……アタシは教室戻るね! じゃ!」


 有瀬はそう言うと、たたたと足音が遠ざかっていく。行ったようだ。

 ほっと息をついたシノブのわき腹をヒカリが肘でどついた。「うぐ」と声を漏らしてシノブが顔を向けるとヒカリはむくれて言う。


「……あーいう子が好きなんだ?」


 親戚のようにしか思えないヒカリなのに、シノブは少しだけドキッとしていた。

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