第8話 オカルト部、始動
「ねぇ景浦くん。その……一緒に部室行かない?」
放課後になり有瀬はシノブにそう提案した。朝にシノブから告白されたためか、普段よりもどこかしおらしい。
「そ、そうだね。まだ教室の位置とか覚えきれてないよね? 僕の後ろについてきなよ」
シノブは顔を引きつらせそうになるのを必死に堪えて笑いかける。そして教室を出るとできるだけゆっくりめに部室へと向かった。
なぜこうなってしまったのか。シノブは心の中で叫ぶ。
未だにシノブには有瀬の姿は見えない。そんな相手がこれから同じ部室で過ごすことになるのだ。本当に勘弁して欲しい。
同じオカルト部だ。有瀬はこれからも一緒に部室に行こうとするだろう。有瀬が学校に慣れてくれば先ほどのように後ろをついてきてと言えなくなる。見えない相手が隣を歩くとなれば対処の難易度は急激に上昇する。
こうなってしまっては有瀬に姿が見えていないことを伝えるべきだろうか。シノブはこのまま隠し通すのには限界があると感じていた。シノブは唇を湿らせて口を開く。
「な、なぁ。有瀬さん」
「何? シノブくん?」
「ぶっ!?」
突然の名前呼びにシノブは噴き出す。姿は見えないとわかっているのに反射的に振り返ってしまう。相手がどんな顔をしているのかこんなに気になった瞬間はない。
有瀬はからからと明るい声色を発した。
「ごめんごめん、そんなに驚くと思わなくてさ。嫌だった?」
「いや別に嫌じゃないけど、急に距離詰めてきたなと……」
「えー? 今朝告白してきた人がそれ言うー?」
「うぐ……」
シノブは言葉に詰まった。違うと言ってしまえば、あのときの励ましの言葉まで嘘になってしまう。シノブにできるせめてもの抵抗は顔をしかめることぐらいだ。
有瀬の笑い声が響く。
「あははは! ごめんって! そんな怖い顔しないでよ」
「香苗」
「へ!? あ、はい!?」
「そら見ろ。人のこと言えないだろ」
「い、いきなり呼び捨てにするのは反則でしょ!」
多少は戸惑うかと思って反撃したシノブだが、想像以上に動揺する有瀬が少しだけ意外だった。恋愛はしてこなかったという話はどうやら本当らしい。シノブとて同じで恋愛経験なんて毛ほどもないのだが。
そうこう話しているうちに二人はオカルト部の前までやってきた。シノブはこんこんこんとノックを三回して声を掛ける。
「天見部長、僕です。入っていいですかー?」
「シノブくん、どうしてノックするの?」
「名前呼び継続するんだ……ノックは天見先輩が部室で着替えてるときとかあるからだよ」
「ええー? そんなことしないでしょ。更衣室あるんだし、それに天見さん美人だもん。覗きとか考えたらそんなことしないってー」
うっそだー、とまるで信じようとしない有瀬がそう断言したちょうどそのタイミングでドアが開く。そこにはオカルト部部長、天見永依が立っている。
汗の滴る長い髪、首にかけたタオル。制服の上着は着ておらず、シャツは飛ばし飛ばしでボタンの閉じられている。教室の中には今まさに脱ぎましたよと言わんばかりの体操服が椅子に掛けられいた。
「や。待ってたよ有瀬ちゃん」
「ちょ、ちょっと天見先輩!? 本当に部室で着替えてたんですか!? 駄目ですブラ見えてます! もう! シノブくんが見てますから!」
「えー? 嫌だなぁ。私のことエッチな目で見てるのかなシノブくん?」
「女物の下着ではしゃぐ男子は妹や姉のいないやつだけですよ天見先輩」
「おや、つれないね。私じゃ魅力が足りないかなぁ」
天見はぎゅっと二の腕で胸をぎゅっと寄せた。これほどのものは妹にはない。つい視線が吸い寄せられるが、隣から殺気がしてシノブはばっと視線を逸す。
「ほら! 男子はいやらしい視線を向けてくるんですって! 天見先輩ははやく着替えて! ああもう、体操服も置きっぱなし駄目です! 私しまっときますから、ちゃんとボタン止めてくださいよ! シノブくんはそこで待ってて!」
シノブが反射的に「はい!」と答えると部室の前に締め出された。理不尽だ。中から体操服の袋どれですかとぎゃーぎゃー聞こえてくる。有瀬は意外とお母さん気質の人なのだろうか。
転校してきたばかりだから有瀬は知らないのだろうが、天見永依という人間はあれで平常運転だ。体育がの授業後に着替えると暑いし面倒だからと一つ飛ばしでシャツの
ボタンを留める。隙間から下着が見えようが何とも思っていない。
最初こそありがたさを感じていたシノブも慣れてしまえばありがたさを微塵も感じなくなってしまった。これからは有瀬が毎回口うるさく注意してくれるだろう。
天見先輩のチラリズム目的で相談に来ていた連中は血涙を流すに違いない。
しばらくするときちんと制服を整えた天見が扉を開けて手招いた。
「さて。待たせたね、シノブくん」
「ほんとですよ全く……」
「シノブくん、なんか天見先輩には冷たくない?」
「このくらいじゃないとこの人との付き合いやってけないんだよ」
「そうだよ有瀬ちゃん。私、熱いの嫌いだからひんやりしてくれないと」
「ちょ、引っ付かないでくださいよ! 熱い、てか先輩、汗かいてるじゃないですか!」
ごく自然にシノブに抱きつく天見に有瀬は「な、な、な」と言葉を震わせている。流石に普段の天見ではこういうことはほとんどしない。目的は明らかでただ有瀬をからかいたいだけだ。
だが、まぁ背中に当たるたわわの感触は良い。
「何を鼻の下伸ばしてんのよ! ノブ!」
この場では珍しい声にシノブは部室の入り口に顔を向ける。そこには幼馴染の
「ヒカリ? どうしてここに?」
「決まってるでしょ! 天見先輩に相談があってきたのよ」
「おやおや。オカルト部の仕事の時間だね」
「オカルト部の仕事!」
「いや、有瀬さん。コレはいつもの先輩のお悩み相談室だ、コレ……」
自由人の部長、自分だけに見えない転校生、突然相談にやってきた幼馴染。
僕の平穏を返してくれ。
シノブは苦笑いを浮かべていた。
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