第14話 見せないあの子 その2

「ねぇ、シノブくん。オカルト部ってシノブくんと天見さんの二人だけなの?」


 放課後、オカルト部へと足を運ぶ最中有瀬はシノブに問いかけた。シノブの運ぶ足が遅くなる。


 当然の疑問だろう。有瀬はシノブと天見以外にオカルト部にいる人を見かけたことがない。天見先輩に相談にくる生徒は毎日のようにいるがそれを部員とカウントするなら、高校の三分の一はオカルト部員になるだろう。


 当然だが学園はそんなデストピアではない。とはいえ答えはノーでもないのだ。

 シノブはあごに手を当てて唸る。眉には皺が寄っていた。


「んー……いや? いるよ? いることには」

「なんか歯切れ悪くない? アタシ会ったことないんだけど」


 ちょっと語彙が強めな有瀬に、シノブは姿は見えずとも不満を感じ取る。いるならどうして合わせてくれないのかということだろう。


「まぁ、そりゃね。一年のときも数えるくらいしか部室に顔出してないし……」

「何それ!? 部員なの?」

「うん。部員だね、天見さんの被害者その2」

「その2て、1は誰なの?」

「僕だね」


 シノブがははと乾いた笑いを浮かべた。有瀬が「またまたー」と冗談めかして笑っているが有瀬はその3だ。そうこうしているうちに気付けばもう部室前だ。シノブが部室のドアに手をかけて中に入ろうとするが背後から声を掛けられる。


「ひどいなぁ。私が悪者みたいじゃないか」


 有瀬の声ではない。有瀬もシノブも「わ!?」とか「うお!?」と変な声を上げてしまう。ばっと振り返ったシノブの背後にはやはり天見が立っていた。


 存在感しかないような人なのにどうしてこう気配を消すのがうまいのか。シノブは苦い顔をしながら悪態をついた。


「い、いきなり背後に立たないでくださいよ天見先輩。心臓に悪いなぁ、それに悪く言われたくないなら悪いことしなければいいんです」

「悪いことなんてとんでもなーい。私はいつだってみんなのためを思ってるのにー」

「新入生のときに部室の壺割った弁償で入部させるのも?」

「もちろん。君のためを思ってだね。愛してるよ」

「くたばれ……」


 つい強い言葉が出てしまい、シノブは手で口を塞いだ。詐欺まがいというか、詐欺そのものに有瀬もドン引きしている。


「ええ……天見先輩。アタシも流石にそれで入部させるのはちょっと……」

「その壺はねぇ、それはそれは恐ろしい曰く付きの壺でオカルト部の創設メンバーがわざわざ草津の温泉に肩までつかりに行って、引き取ってきたものだったんだよ?」

「えー……じゃあ、仕方ないの、かな?」

「いやいやいや有瀬さん、よく聞けよ。創設メンバーしっかり温泉堪能してるから。絶対壺がおまけのほうだから!」


 そもそもいわくつきの壺なんて部室に置かないで欲しいというのがシノブの見解だ。至極真っ当である。


 シノブが呆れ果てていると天見はどこからかカセットテープを取り出した。


「そ、し、てー。コレ!」

「天見先輩。それなんです? その四角い長方形の箱?」

「え、有瀬さんマジか」


 シノブは驚愕する。自分自身も現代っ子なシノブだが祖父母が生きていた頃は昔ながらのアイテムは身近にあった。それを完全に知らない言われると謎の喪失感がある。天見も同じなようで珍しく顔を引きつらせていた。

 声もどこか弱弱しくなっている。


「あ、あはは。ま、まぁわかんないってこともあるよね、うん。これはね、ビデオテープだよ。さ、流石に名前は知ってるよね……?」

「ああ! コレがそうなんだ! アタシ始めて見たかも!」

「ぐはぁ!?」


 天見は「ぐっ」とうめき声を上げるだけだったが、シノブは明確なダメージを受けて地面に膝をついた。脳裏に祖父との会話を思い返す。


 ほら見ろシノブ。これがな、びでおてぇぷだ。すごいだろう、これで録画できるんだぞぉ。ああ! これなんかな、じいちゃんが若いときにみんな聞いてたアイドルのやつでな。ほら見ろ! 可愛いだろぉ、これは消しちゃ駄目だからな。いいかぁ……。


「おーい、シノブくん。帰っておいで」

「じいちゃーん、ごめん……間違って上書きしちゃったよー……あはは……」

「ああ。駄目だね、コレは。放っておこう」

「え、ええ? 天見先輩。シノブくん、どうしたんです……?」

「いい。いいんだよ有瀬ちゃん。君は悪くない。悪いのは過ぎ去ってしまう時間なんだから」

「な、何かっこつけてんですか。でも実際、そうですね。ええ……」

「おや。お早いお戻りだね、シノブくん」


 天見は放っておくと言うと本当に部室に置いて帰るような人物だとシノブはよく知っている。久々に脳裏で再開した祖父が思い出のテープを上書きされたときの悲しい顔で退場していったのが申し訳なかったが。

 それに天見がわざわざ持ってきたテープにシノブは嫌な予感がしていた。


「で、そのテープなんなんですか。天見先輩」

「呪いのテープだけど?」

「なんてもん持ってきてんだアンタは……」

「え? え!? それ本物ですか!」


 げんなりするシノブに対して有瀬はノリノリだ。どうせコレを見ようという流れだろうとシノブは推察したがどうやら違うらしい。天見が指先でビデオテープをたんたんと叩きながら呟いた。


「それでねー、シノブくん。このテープ見たいんだけど、ちょっと壊れてて再生できないんだ」

「駄目じゃないですか。じゃあ、解散ですね。お疲れさまでした」

「だからさ、めぐるちゃん連れてよ」


 シノブはピタリと足を止める。


 なるほど、そうくるか。


「え? めぐる……? 誰?」


 聞いたことのない名前に困惑している有瀬に、天見はにんまりと笑って答える。


「うちのね、幽霊部員。とーっても可愛いんだよ。有瀬ちゃんとおんなじくらい。ねぇ、シノブくん?」


 天見の視線にシノブはびくと体を震わせた。わざわざ有瀬のことが見えていないシノブに天見がめぐると有瀬の容姿を比較するようなことを言う理由。これは脅しだ。連れてこないと秘密をバラすという暗示だ。


 シノブは観念して両手を上げた。


「……あーもう! はいはいわかりました! 連れてきますから」

「うん。期待してるよ」


 満面の笑みを浮かべる天見はともすれば一目で恋に落ちてしまうほどに魅力的だった。まるで天使の微笑。シノブには真逆に見えていた。

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