第16話 幽霊部員を捕獲せよ その1
昼休みになるとシノブはオカルト部の部室に足を運んでいた。まだ放課後ではないのに、当然のように部室が開いている。天見の相談は教師陣にも受けがいい。なので融通が利くというか……はっきり言ってどろどろに癒着している。
それでいいのか教育機関と思わなくもないが、シノブにはありがたいことだ。わざわざ三年の教室に顔を出さなくて済むのだから。
シノブが「失礼します」と一声かけると読書中だった天見が顔を上げた。
「や、シノブくん。進捗はどうだい?」
「駄目です。呪いのビデオ直させようとしていたのがバレちゃいまして……」
「それは残念。珍しいね、シノブくんがそんな安直なミス……いや、なるほどね。口を滑らせたのは有瀬ちゃんか」
「察しがよくて助かります。椅子借りますよ」
オカルト部に机と椅子は二組しかない。それが対面合わせで置いてある。必然的に天見と向かいで座ることにはなるが、シノブは食事には机が欲しいタイプだった。
シノブが机に菓子パンを置き、椅子に腰掛ける。ほんの一瞬視線を椅子に移した隙にパンがない。前方からバリと包装紙を破く音がして顔を上げれば天見がパンに噛り付いていた。
もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから天見は口を開く。
「おいしい。ありがとうね」
「いや僕の昼飯なんですけど」
「シノブくんは今日は必要ないだろうから、私が食べてあげてるんだよ。いやー、いい先輩だなー私」
「なんですそれ? 飯いらなくなるわけないでしょ。それとも働かざるもの食うべからずというわけですか?」
「そんなことしないよ。知ってる? ピラミットを建設したときの作業員にはビールが振る舞われたんだってさ。成果を得るにはしっかり対価を与えないといけない、というわけだね」
「へー。太っ腹ですね。先輩とは大違いだ」
「まぁね。ほら、私はスレンダーだから。ビールに関してはそうでもしないとやってられなかったのが真相かもしれないけど」
さらっと後付けで闇深いことを言う天見に、シノブは顔を引きつらせる。どうせ思ったことを言っただけなのだろうが何か意味を含ませているような雰囲気を醸し出すから質が悪い。
食べるものもなくなったのでシノブはやれやれと席を立った。
「はぁ……僕はレンガ運びの奴隷じゃないですけど甘味を奪われるのは勘弁願いたいですね。買い直してきます。めぐるさんの件はやるだけやってみますけど、部室に来るかは微妙ですからね?」
「大丈夫だよ。シノブくんなら連れてこれるからさ。ちゃんと捕まえてね。ああそれと、一度教室に寄っていくことを勧めるよ」
「……? はぁ」
曖昧な返事をしつつシノブは部室を後にする。ここから売店に行ったほうが楽なのだが、天見の言う通り一度教室に戻ることにした。
「あれ?」
教室へ向かう途中の階段で見知った顔を見つけてシノブは立ち止まる。女子にしては大きな体躯の子がチラチラと角から教室の廊下の様子を伺っている。彼女は先日、オカルト部でお悩みを解決した
「何やってんの? 千早さん」
「うひゃあ!? あれ、シノブくん!? なんで後ろに!?」
「いや後ろから来たからだけど……驚きすぎだろ」
身体が大きいから割と怖がられているところのある千早だが、こういうなんだがおっかなびっくりしている性格を知るとなんだか妙にほっこりした気分にさせる。ちょっと臆病な大型犬と触れ合っている気分と言えばいいだろうか。
ヒカリにもその控えめさを分けてあげて欲しいものだとシノブは常々思う。
シノブが挙動不審気味な千早をよくよく観察すると手には包みを持っている。
「それ、何持ってるんだ?」
「え!? いや、これはその……」
持っていた包みを上に持ってくるとなんだかいい香りがした。この香ばしい醤油っぽい油の香りはから揚げだろうか。シノブは自分の腹の虫が鳴きだしてシノブは赤面する。そこへ千早は食い気味で話かけてきた。
「シノブくん。お、お腹空いてるよね!」
「あ、ああ。買ったパンが先輩の腹に収まっちゃってな、まだ何も食ってない」
「ちょうどよかった! これ、その! 作りすぎちゃったから、もらって! じゃ!」
半ば押し付けられる形でお弁当を受け取ってしまったシノブは棒立ちしてしまう。その隙に千早はそそくさと自分の教室へと戻ってしまった。ダッシュこそしてないものの流石は陸上部、一瞬だ。
階段の方でピタリと足音が止んだので振り返ってみると今度はヒカリがいる。ヒカリはシノブが手に持ってる包みを見ると微妙な顔をして来た道を戻って行ってしまった。
一体なんだというのだろう。陸上部はシノブに見られたら逃げないといけないルールでもできたのか。
そんな冗談を思いつつ、シノブは自分の教室の座席へと戻る。もらったからには食べようと弁当を開けてみると、から揚げにアスパラガスの肉巻き、かまぼこを中心した巻き卵などなど……どう考えても手の込んだメニューだった。
「……シノブくん? そのお弁当どうしたの?」
どこか冷ややかな声にばっと隣を見るが誰もいない。なんだ遂に幻聴でも聞こえたか……いや違う、有瀬だ。
シノブには有瀬の姿は見えない。今日に限って教室で座っていたとは。
まずい。シノブは冷汗をかく。有瀬に対してシノブは告白まがいのことをしている。それに加えて他の女子からお弁当をもらったというのは何かが危うい。
「あ、あー。えっと、なんか作りすぎたらしくて千早さんにもらった」
「ふー……ん」
苦しい言い訳にシノブは愛想笑いしかできなかった。だが事実そう言って渡されたのだ。嘘ではない。
だが先ほどから声色がどんどん冷たくなって、近くの生徒たちが離れつつある。何だこの状況は。シノブが固まっていると有瀬が口を開く。
「どうしたの? 食べなよ?」
「あ、ああ。うん」
シノブはお弁当のから揚げを口に運ぶ。思った以上に味がいい。何よりひさびさに手作りのお弁当を食べたので感動すらあった。
顔にも出ていたのか有瀬の放つ冷気が一層増す。わざわざ聞かなくてもいいのに「どう?」とか質問してきた。
「う、うまいよ」
「ふーん。ふーーん」
有瀬はそれっきり何も話さないが、食べているところをじっと見られているという感覚がシノブにはあった。
どうしろってんだ。背中に冷や汗を流しつつ、お弁当を口に運ぶ。冷えてもお弁当はやはりうまかった。
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