第26話 パラレル
「うおあああああ!」
シノブは悲鳴とともに起き上がった。先ほどまで走っていたはずなのにいつの間にか寝転んでいる。傍らでしゃがんでいるめぐるが目を丸くしていた。
「わ。びっくりした……もう、やっと起きた? シノブくん」
「め、めぐるさん。僕は、いやここは――」
どこだと問おうとしてシノブは自分の座っている場所がめぐるの寝ていたあのベンチであることに気づく。空を見上げるともう日が沈んでいた。気を失っていたのだろうか。
日は暮れていると言ってもまだ沈んだばかりで空がまだ赤い。それほど時間は経っていないらしい。振り返ればあの渓流へと続く藪がある。あそこからあの目玉のない化け物が追ってくるんじゃないかと思うと鳥肌が立つ。
シノブが身震いをしているとめぐるがため息をついた。
「もう、全然起きないから置いていこうかと思ったよ」
「あ、ああ……ごめんなめぐるさん。僕はどのくらい気絶してた? 気を失ったときの記憶が無くてさ」
「寝ぼけてるの? シノブくんがベンチ見つけるなり横になって寝ちゃったくせに」
「……は?」
今度はシノブが目を点にする。
「な、何言ってるんだよ? それはめぐるさんだろ?」
シノブの問いにめぐるは首を傾げた。ふざけている気配はない。本当に何を言っているのかわからないといった様子だった。
少なくともめぐるにはそれが現実らしい。めぐるが見た夢だと線は薄いだろう。その場合は目覚めた瞬間の記憶があるはずだ。そもそもシノブがめぐるから椅子を奪って寝るというのもおかしい。
化け物から逃げた後すぐに眠りにつけるほどシノブの肝は据わっていないのだ。シノブにはあの体験が自分の夢だったとはとても思えない。
つまりだ。シノブの体験とめぐるの体験が重複してしまっている。互いに相手は寝ていたと認識しているわけだ。パラレルワールドと言うものがある。些細な相違のある似た世界。
今のシノブはパラレルワールドに自分一人引き込まれたかのような気分だった。
「やっぱり寝ぼけてる……ほらシノブくん。しゃんとして! ちゃっちゃとお祓い行くよ!」
めぐるのお祓いという言葉にシノブは本来の目的を思い出す。
そうだ。呪いのビデオをお祓いしてもらいにわざわざ山を登っていたのだ。この先に神社があるそうだが、現在のシノブには猜疑心しかなかった。化け物に出会ってすぐにお祓いの場がある。
出来過ぎているというか、マッチポンプというか。漠然とした不安がシノブにはあった。
「なぁ、めぐるさん。この神社って信用できるのか?」
「えぇ……何言ってるのシノブくん。逆にここ以外、信用できないくらい有名なのに。地元の人なのに知らないの?」
そんなに有名なのか。シノブは顎に手を当てた。
やはり引っ掛かる。ここの近くで遊んでいた写真があるのにシノブはその記憶がない。どうやらシノブの欠落している記憶は一部ではなく関連しているものにまで影響を及ぼしているようだ。
神社のことを思い出せないのも、遊んだ場所も……幼い頃に出会っていたはずの有瀬との記憶も。
「やっと着いたねー」
めぐるの一言でシノブは思考の渦から抜け出した。顔を上げれば古びた神社がある。古びてはいるがよく手入れされていて雑草が生えていたり蜘蛛の巣が張っているということもない。
見た目はいいが大事なのは中身だ。そう思って境内へと踏み入れたシノブは即座に踏み入れた足をひっこめた。
視線の先には仏像のようなものがある。ようなと言ったのは仏像ではないことをすぐに察したからだ。神社だから仏像はおかしいと言いたいわけではない。像の纏っている袈裟のような服が白い着物だとすぐに察したからだ。
シノブは知っている。その何かを。目を両手で塞ぐ男とも女とも取れない容姿。ついさっき出会ったばかりの化け物の像が奉られていたのだから。
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