第25話 暗闇が見ている

 夕焼け空にカラスが鳴いている。どこぞの昔話の教育ビデオのエンディングを思い出しながら、シノブはめぐるとともに山道を登っていた。


 ハイキングを楽しんでいるわけではない。天見から預かっている呪いのビデオのお祓いに行くためだ。山道は舗装されており階段もあるが問題はその距離。汗を拭いつつシノブが顔を上げると階段しか見えない。


 これには思わずシノブは弱音を漏らした。


「めぐるさーん……コレ、僕にはきっついんだけど……」

「わたしもきついんだから我慢してよー……なんなら抱っこしてよ」

「もれなく階段から転げ落ちるから無理」

「あ、ひどい! わたしのこと重いって言ってない?」

「僕は赤子を抱いても重いって言うから気にするなよ」

「それはそれでどうなの……?」


 めぐるのツッコミに覇気がない。まだ中腹だというのにかなり疲労が見て取れる。これでどうして今から行こうなどと言い出したのだろうか。


 普段は思うだけに留めるシノブだが、疲れもあってそのまま聞いてしまった。


「なぁ、めぐるさん。これさぁ、なんでこれから行こうってなったんだ?」

「んー……? だって呪いのビデオだよ? 早いとこお祓いしてもらったほうがいいでしょ。持ってただけで何かあるかもしれないからシノブくんも連れてこないとだし。そうなると放課後が一番捕まえやすいから」


 なるほどとシノブは頷く。ビデオだけ除霊してもらえばいいんじゃないかと思っていたがまさかシノブの身も案じていたとは驚きだった。シノブを行動が早いと言うめぐるだが、めぐるも負けず劣らずの即決即断だ。


 これは行動力がものをいう配信者ゆえだろうか。行動力はあっても体力が持たないのが辛いところだ。どこかで休めないかとシノブはきょろきょろと見渡すと、途中で少し開けた空間があるのを見つけた。


「めぐるさんの考えはよくわかったよ。その通りだと思うけど……僕は疲れたよ。あそこでちょっと休憩にしないか?」

「さんせー! わたし先行くから!」


 休めるとわかっためぐるはぐんぐんと階段を登り、シノブを追い越した。そんなに急いだほうが疲れるだろうに。シノブが追いつくと一つだけ腰掛けがあり、そこへめぐるは寝転がっていた。


 どうやらシノブよりめぐるのほうが体力がなかったらしい。思えばシノブは天見に振り回されてあちこちへと歩き回ったりはしているわけだし、運動部には及ばないにしても文科系にしては動けるほうようだ。


 それでも疲れるものは疲れる。独り占めしているめぐるへシノブは文句を垂れた。


「なぁ、めぐるさん。僕の席は?」

「うぅん。あと五分……」

「おいコラ」


 肩を揺すってみるが反応がない。不審に思いシノブが耳を近づけると、めぐるは寝息を立てている。ふざけて寝言を言ったのかと思ったら本当に寝てしまった。


 いや人の座る場所奪って寝るのはふざけているとしか言えないのだが。


 よほど疲れていたのか起きる気配がない。まいったなとシノブは頭をかき、一先ず制服の上着をめぐるの上にかけた。


「仕方ない。五分だけ寝かしとくか……しっかし、こんな場所に神社あったんだなぁ」


 シノブは改めて周囲を見渡してみるがやはり見覚えがない。この辺りはシノブの家からも近所だ。気づかなかったなんてことがあるだろうか。


「……うん?」


 景色に違和感を覚えてシノブは目を凝らす。めぐるの寝てしまった腰掛けの先、雑木林になっているがよくよく見れば先がある。それにどこからか水の流れている音がした。


 一度気になるとシノブは確かめずにいられない。ちらとめぐるに視線を向ける。他に人はいない。行って戻って来るだけなら大丈夫だろうか。


 念のためシノブはスマホでめぐるに電話をかけ、通話状態のままにした。


「ごめん。めぐるさん、すぐ戻るから」


 止まない好奇心のままにシノブは林の奥へと向かう。ずんずんとかき分けて進みはしない。途中で崖になっている可能性がある。あくまで慎重に先に道があることを確認しながらだ。


 今、自分のしていることが危険だとシノブは理解している。普段のシノブなら絶対にしない。


 しかし不思議と怖くなかった。大丈夫な気がしている。足元を確認しているが、どこに足を置けばいいのか勝手に体が動く。誘われているのではない。こうすればいいと体が覚えているような――。


「な……!?」


 藪を抜けた先、その景色をシノブは知っていた。妹の穂波が持っていた写真、そこに写っていたのと同じ渓流だ。


 シノブの脳裏に天見の言葉が蘇る。


 ――思い出してはいけない記憶、その記憶を掘り返してはいけない。


 ここへ行きつく可能性に気づけたはずだった。違和感はずっと覚えていた。ヒントはいくつもあった。記憶が欠落しているのだから、この山に見覚えがないこと自体がそれを指示していたはずなのに。


 ここにいてはいけない。


 シノブは直感的にそう判断した。動悸が激しい。右手で心臓を抑え、シノブが後ずさるとトンと背後で何か生暖かいものにぶつかった。


「おや、すまないね。大丈夫か?」


 投げかけられた言葉にシノブは反射的に振り返った。背後には白い着物の人物が立っている。髪が長く目元が隠れている。声は低く男性のようでもあるが、性別はわからなかった。


 どこか浮世離れした気配に警戒しつつ、シノブは謝罪する。


「だ、大丈夫です。こちらこそ、すいません。ぶつかってしまって……」

「謝ることはない。悪いのは私だからね」

「そ、そんな! 周りを見ていなかった僕が悪いんです」

「君はいい子だね。でも、ほら」


 その人物は髪をかきあげる。シノブは言葉を失った。


 眼球が無い。ただ失明しているではなく、目玉そのものが存在していない。その眼窩は空っぽでひたすらに闇が続いている。さらに井戸の底のような暗闇へと風がひゅうひゅうと鳴いているのだ。


「ね? ないだろう?」


 その人ではない何かが笑う。朗らかな笑みに心を許し近づけば、そのまま眼窩へと飲み込まれてしまいそうで。


「う、う……うああああああ!」


悲鳴を上げてシノブは逃げ出した。来た道を逆走する。背中に感じる暗闇の視線にシノブは感じたことのない形容しがたい恐怖を覚えていた。

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