第29話 初デートはハードモード その2
シノブは有瀬とともに電車に揺られていた。休日とはいえ早朝の車内はちらほらと座席が空いている。二人は運よく並んで座ることができた。
教室では隣の席同士ではあるものの電車の席は繋がっているのでやはり距離が近い。ときおり肩が触れるだけでシノブはどぎまぎしてしまう。しかも手まで繋いでいるのだから平常心を保てというほうが無理な話だ。
あまりにがちがちに緊張するシノブに有瀬は苦笑しつつ話しかけた。
「もう。緊張し過ぎだよシノブくん」
「い、いやー。これは、そのー。武者震いというか」
「何と戦う気なの。行き先水族館なのに」
「ほ、ほら。触れ合いコーナーにでっかいサメとかいるかもしれないだろ?」
「そんな水族館嫌だけど!?」
自分でもよくわからないことを言い始める口をシノブは空いてる左手で塞ぐ。恋は人をおかしくさせるとは聞いたことはあるが、まさか自分がこんな妄言を言うようになるとはシノブは考えもしなかった。
なるほど。コレは恋を経験した人間にしかわらかない感覚だ。
恋にうつつを抜かす人たちを内心で馬鹿にしていたところのあるシノブは考えを改めた。体験したことのないものを人は軽んじるものだ。
シノブには普段の余裕はすでにない。それでもどうにか有瀬を楽しませようと今度は自分から話題を振ることにした。
「あ、有瀬さんはさ。今日行く水族館には行ったことあるの?」
「ううん、初めて。だから楽しみ」
「そっか。僕も初めてだから楽しみだよ」
「そうだね! ふふふ。シノブくんは水族館だったらどの生き物が好き?」
「んー……どの生き物っていうより魚の群れが好きかな」
「群れ?」
姿は見えないがシノブには有瀬が首を傾げた気がした。感覚的なものなので説明が難しい。シノブはうーんと唸りながら言葉を模索する。
「あー……なんて言えばいいかな。群れてるのが好きっていうのもなんか違うんだけど、魚の鱗が光を反射するだろ? キラキラしててさ。それが好きなんだけど、そういう瞬間って一瞬だろ? でも群れだとたくさん見られるから。それにさ。魚の群れだと点の光がさ、面になるんだよ。それが面白い」
「う、うん? 点が面? わかるような、わかんないような」
「ごめん。僕もこれはあんまりうまく説明できなくてさ」
「あ! 責めてるんじゃないからね! シノブくんのそういうの知るの嬉しいから」
面と向かって言われると照れくさいとシノブは頭をかく。……まぁ、シノブには有瀬の姿は見えていないわけだが。
自分語りばかりになっていることにシノブははっとする。
「あ、有瀬さん! 有瀬さんは何が好き?」
「シノブくん」
「ぶはっ!」
思わず吹き出した。咄嗟に顔を背けたからいいが危うく有瀬に吹きかけるところだとシノブは冷汗を流す。一つ咳をしてから「そうじゃなくて」とシノブが言いなそうとすると「わかってるよー」と有瀬がカラカラ笑った。
「アタシはペンギンとかアザラシが好き」
「へぇ。どっちもふっくらしてるな」
「……言われてみればそうかも」
急に真顔になる有瀬にシノブは何かいけないことでも言ったかと肝を冷やす。シノブをまじまじ見ながら有瀬は言った。
「シノブくん、ちょっと太ってみない?」
……嫌だが?
冷めたりはしないが、いくら好きな人でも真顔になる瞬間ってあるんだなとシノブはよくわからない経験を積んでいた。
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